YELLOW BOARD'S
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YELLOW BOARD'S DICTIONARY

U URB
-アーブ-

[2003.12.24(wed)/2004.03.03(wed)]
 
2002年横浜にて結成。主に都内、横浜のクラブ、ライヴ・ハウス、ストリートライヴを中心に活動。メンバーはキーボードの菱山正太、ギターの高橋伸幸、ベースの鈴木渉、ドラムの山越勉を中心として、サックス、トランペットを加えた6 pieceからなるジャム系バンド。
メンバーそれぞれが様々なアーティストのサポートとして活躍する傍ら、自らも日本のジャム・バンド・シーンを牽引すべく活動を開始。高い音楽性を持ったメンバーとジャズのインプロヴィゼーションをベースにしたプレイは、Hip-Hop、R&B、ハウスなど様々な要素を取り入れ、今の若い世代にしかできない新しく自由な音楽表現を体現しつつ、日本のジャズ・シーンを新しく牽引していくパワーも兼ね備える。urb個々のメンバーが今まで演奏、プロデュースなどでライヴやレコーディングをサポートしてきたアーティストとしては、平井堅、Sowelu、椎名順平、藤岡正明、ズボンドズボンなど。[2003.12月現在]
  U-ROY
-ユー・ロイ-

[2006.07.07(fri)]
 
本名エワート・ベックフォード、1942年キングストン生まれ64才(2006年現在)。1967年キング・タビーのシステム[ホームタウンHi-Fi]の専属DJとして、本格的にキャリアをスタートさせる。そのオリジナリティー溢れる斬新なスタイルから爆発的な人気を獲得したU-ROYの登場(=“DJスタイル”の誕生)はとてつもなく大きなインパクトをシーンに与え、これまでのジャマイカ・ミュージック・シーンを一変させるほどであった。そして、1970年世界初となるDJアルバム『Version Galore』(Treasure Isle/JA)のリリースから、現在に至るまで幾度となく進化を遂げながら継承された“DJスタイル”は、ブジュ・バントンやシズラなど、世界的なスーパースター達へのルーツとなり、“彼の存在なくして現在のシーンなし”と言っても過言ではない。まさに真の始祖であり、生きる伝説の人物なのである。前述1stアルバム『Version Galore』リリースから約36年(現場デビュー含まず)のキャリアに頼ることなく2005年には、「FRANCOIS K. feat U-ROY / Roots Man」をFrancois K自身のレーベル[WAVETEC]よりアナログ10インチ(『V.A. / Deep Space NY vol.1』に収録)でリリースし、衰え知らずの現在進行形の現役である事を証明している。[2006.6月現在]
  URSULA RUCKER
-アースラ・ラッカー-

[2006.07.16(sun)]
http://www.ursula-rucker.com/
 
フィラデルフィア生まれの詩人、ソングライター、ボーカリストのアースラ・ラッカーは、そのスポークン・ワード的なボーカル・スタイルと独自のテーマを扱ったリリシズムにより、数多くのイノベイティブなクリエーター達より敬愛され、多くのコラボレーションを行ってきた。全世界が注目したThe Rootsのアルバムのファーストから3作のエンディングを飾ったのが彼女であり、それがきっかけで一気にアースラの名は知れ渡るようになる。
その経験をへて、01年に発表した待望のソロ・デビュー・アルバム『Supa Sista』では、アースラでしかあり得ない独特のポエティック・ワールドを展開。ジャズ、ハウス、ヒップホップなど幅広いシーンにおいて大きな話題となり、また年間ベスト・ディスクを多くの媒体より献上された。2003年には2ndアルバム『Silver Or Lead』をリリース。ウーマンフッド、奴隷制度、愛、性差別主義、政治などをテーマとして扱った、トレードマークの真に迫りながらもスウィートな"ソング・スピーク"を駆使し、アースラはスポークン・ワードの概念を再定義した。彼翌フコトバに更なる生命を吹き込む役目を与えられた錚々たるプロデューサーは、ジャザノヴァ、リトル・ルイ・ヴェガ、ザ・ルーツ、キング・ブリット、4ヒーロー、など。彼らの音楽とともに複雑に編み上げたコトバで、再び無防備で気ままな世界の耳に厳しく、時に甘く訴えかけた。
Black Arts Movementの代表的詩人、そして運動のアイコンであったシニア・サンチェスから、画家フリーダ・カーロ、作家ゾラ・ニール・ハーストン、そして更にはプリンスなどからも影響を受けたという彼女は、テンプル大学にてジャーナリズムを学び、母性、行動主義、芸術性などを、しなやかに、そして冷静にバランス良く調和させる。彼女がリズミックに歌うさまざまな人生の葛藤のストーリーは、決して説教ではない。子宮の薄暗い深遠から人々を目覚めさせるための探求、そして社会が時に隠したがる話題についてをヴァースにする彼女の探求、そのT求の理由は実に明快だ。「真実と向き合っていくことに駆られるのよ」1994年、フィラデルフィアの老舗ライブジャズ・レストランZanzibar Blueにて、彼女は初めてステージに立ち、オーディエンスを前に、その天才的なヴァースを披露した。それから10年以上、今アースラは4人の子供の母として生活しながら、Gil Scott-Heron、Mos Def、Macy Gray、更には Nina Simoneとの競演を経験、エンターテイメント性、音楽的実験とクオリティ、そして社会意識を備えた、唯一無二のポップ・ミュージックをクリエイトするに至っている。
アースラがマイクを固く握るとき、世界の耳は研ぎ澄まされる。彼女のコトバにはそのパワーがある。
彼女は恐れることを知らず進み続ける。刺すようなリリックで感情を刻むことのできる場所ならば、どこへでも進む。そこは、詩と音楽が絡み合い、メロディと言葉が溶け合う場所。2006年に発売されたサード・アルバムで、彼女はその場所へと焦点を定め、古代エジプトの原理であるマアト、普遍の摂理とバランスの土台となるもの、つまり真実を追い求めた。そしてそのアルバムは、『Ma'at Mama』と名付けられた。
[2006.7月現在]

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