YELLOW BOARD'S
ARTIST
WHO'S WHO





A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
index>>

YELLOW BOARD'S DICTIONARY
<< S  

S SAIDRUM
-サイドラム-

[2003.12.04(THU)/2004.02.19(THU)]
 
1997年から音楽制作を始め、1999年Revirthからファースト・シングル「MATADOR」をリリース。2000年同じくRevirthからセカンド・シングル「FAZE LARGE」をリリース。その後DJ BAKUとのコラボレーション「DJ BAKU 対 SAIDRUM」をD.N.Aからリリース。又、shiburaiからリリースされた日本人アーティストによるブレイク・ビーツ・コンピレーション「士魂2」に参加。
ライブ・アクトとしてもMONOLAKEやCOMPANY FLOW、 MAD PROFESSOR、CARL CRAIG等、海外アーティストの来日パーティーに参加。
2001年12月には、フランスで行われた音楽フェスティバル "batofar tokyo" に招かれ、ライブ&DJを披露している。2002年にはNUMBのアルバムで2曲をNUMBと共同プロデュースを行った。さらにmoochyのプロジェクト、nxsのリミックスを手掛けたり、ラッパーGOKUとの共同プロジェクトで楽曲を発表するなど精力的に活動。
硬質かつプリミティブなビートと独自な解釈によるダブ・ワイズな音響処理でディープかつトライバルなオリジナルの音空間を創造し続けている。そしてデビュー・シングルがリリースされてから5年経った2004年、待望のファースト・アルバム『deadpan rhythm』が遂にリリースされる。ブレイクビーツ、ヘッズ、テクノ、エレクトロニカなどさまざまなジャンルとリンクしながらも、唯一無二の個性を持ったSAIDRUMならではサウンド・メイキングは、聴けば聴くほどに引き込まれてしまう催眠的とも言えるような魔性のグルーヴを紡ぎだしている。[2004.1月現在]
  SPACE COWBOY
-スペース・カウボーイ-

[2004.05.28(FRI)]
http://www.spacecowboyonline.com/
http://www2.southernfriedrecords.com/site/
 
ファットボーイスリム、ダレンエマーソンもお気に入り!遂に来たハウスシーンの最終兵器スペースカウボーイ!! 久々の突き抜けるようなキラキラハウス!ファットボーイ・スリム主宰のレーベル=サザン・フライドからのアルバムをリリース。ファットボーイやダレン・エマーソンらがヘヴィー・プレイ。強めのビートにファンキーでキャッチーなメロディー、ディスコ・ハウスあり、ラップあり、はたまたオリエンタル・テイストあり、とにかく賑やかなトラックが目白押し!PRINCEのカヴァー「I would die 4 U」、ファットボーイの『ビッグ・ビーチ・ブティック・II』に収録された「CRAZY TALK」はヨーロッパ中で大ヒット。昨年末に海外盤がリリースされ、大ヒットを記録していたデビューアルバム『Across The Sky』の日本盤が遂にリリース![2004年5月現在]
  Shing02
-シンゴ02-

http://www.maryjoy.net
 
カリフォルニア州ベイエリアを拠点に、MCとして、プロデューサーとして、国際的な活動を続けるShing02。MCとしての比類なき才に傲ることなく様々な角度から音楽に挑んでいる。先鋭的ユニット“FREELANCERS UN1TED”、プロダクション・クルー“The Knocks”、バンド“Terracotta Troupe XGND”など様々な顔を持つ一方で現在は、sax奏者とdrum/tabla奏者とのトリオ“Kosmic Renaissance”として即興的フリージャズ音楽をライブで展開している。また新機材フェーダーボードの発案者であり、それをライブや音楽制作に積極的に取り入れている。
Shing02としての代表作は「緑黄色人種」、「400」。他にも数多くのアーティスト達と数々の楽曲を産んでいる。Shing02の最新日本語プロジェクト「歪曲」は現在制作中。2月25日には先行プロジェクト「歪曲」新来(シングル)が発売されたばかり。[2004.6月現在]
  STEWART WALKER
-スチュワート・ウォーカー-

[2004.08.20(fri)]
 
近年のシーンにおいて、「テクノ」という音楽の表現領域を明確な意識とともに押し広げ続けている数少ない才能。彼がそのリリース作品同様に活動の中心として重きを置いているライヴパフォーマンスは、沸き立つようなグルーヴの熱が圧倒的な強度をともなって弾き出される唯一無二のもの。世界中でフロアを魅了してきた彼の素晴らしいライヴセットの魅力の一部は2003年にリリースされたライヴ編集盤「LIVE EXTRACTS」(Persona/Tresor)を一聴すればたちどころに理解できるはず。
2003年暮れには長らく住み続けたボストンを離れベルリンへ移住、彼のセルフ・レーベルであるPersonaは一旦休止した。2004年に入ってからその活動はTresorコンピレーションへのトラック提供や幾つかのリミックス・ワークのみに留まっているが、生来寡作なトラックメイカーであることを差し引いても、単独での新作のリリースが切に待たれている。[2004.8月現在]
  湘南乃風
-ショウナンノカゼ-

[2004.08.26(thu) / 2004.11月より第四木曜日レギュラー]
http://www.134r.com/
 
RED RICE、若旦那、SHOCK EYE、HAN-KUNからなるDancehallスタイルの4人組 DeeJay(MC)ユニット。
「RED RICE」と「HAN-KUN」の2人が湘南で活動していた頃、「SHOCK EYE」と出会い、お互いの志を確認。同じ頃、湘南に住んでReggae Barを経営していた「若旦那」は、中学校〜高校時代の知り合いながらしばらく顔を合わせていなかった「SHOCK EYE」と、偶然にも茅ヶ崎で再会。それぞれが出会い、自らの風を吹かせるための活動がここから始まった…。2003年7月1st アルバム『湘南乃風〜Real Riders〜』をリリース。2004年8月18日に2nd アルバム『ラガパレード』吹く!!
また、自ら[134Recordings] というレーベルを立ち上げ、アンダーグラウンドからオーバーグラウンドまで良質のReggaeサウンドを供給している。[2004.8月現在]
  DJ SANCHE
(O-PARTS/cargo system/wild jazz)
-サンチェ-

[SONIC FUSE]
 
1994年西麻布JUICEにてHIP-HOPを中心としたpartyを始める。
当時HIP-HOPのクラブとして一時代を作ったCAVE,FAMILY,NUTSなどでDJを重ね、スクラッチや二枚使いといった技術的な側面を重視しつつも踊れるBEATへの探究心が深まり'80年代後半から'90年代前半のHIP HOPを経て時代をさらに掘り下げアフリカ・バンバーターやクラフトワークなどのOLD SCHOOL,electro,N.W.をプレイしだすと同時にHOPUSEやTECHNO、Drum'n'BASSなども柔軟に織り交ぜ現在のスタイルの基盤が作られる。
DJ KENSEIと共にレジデンツを努めたUNORTHODOXの頃(1999)にはBreak BeatsからNEW SCHOOL BREAKS、ACID HOUSE,トライバル,などをグルーヴィーかつサイケ感を漂わせフロアーを魅了していく。
2000年に入るとトラック制作を始め、Takuya nakamuraと共に“WILD JAZZ”を結成しPeace recordsのE.P.に参加する。同年DAIKEIと共に[O-PARTS recordings]を立ち上げ実験的かつ現場(クラブ)を重視したE.P.をコンスタントにリリースしていく。マスタリングにオノ・セイゲン氏やRashad(from D&M)、POLEなどを起用しレーベルのカラーやコンセプトを作品ごとに変化させ現在までに8枚のE.P.と1枚のコンピレーションCDをリリースし、国内、ドイツなどを中心に絶賛される。
また新宿リキッドルームでの人気パーティーHOUSE OF LIQUIDに出演し好評を得たDJ LIVEユニット“cargo system(DJSANCHE+BLACK SANTA)”としても活動を始め、最近ではDUBの解釈、定義も幅広くなり様々な音楽に応用されている中、原点に立ち返りオリジナルバージョンに対してのDUB MIXと言う定義をLIVE&DIRECTに体現する。2004年7月にリリース予定のO-PARTSコンピレーションCD、12インチにも“cargo system”として参加。[2004.8月現在]
  SLEEP WALKER
-スリープ・ウォーカー-

www.sleepwalker.in
 
中村雅人(SAX)、吉澤はじめ(PIANO)、池田潔(BASS)、藤井伸昭(DRUMS)からなる4人編成のJAZZ BAND。2000年に12インチ「愛の河/ RESURRECTION」を沖野好洋が運営する[ESPECIAL RECORDS]からリリース。海外のクラブ・シーンでは早くから話題となり、PATRICK FORGEやGILLES PETERSON、PHIL ASHERらがクラブやラジオでヘビー・プレイし、JOE CLAUSELLからBASEMENT JAXXまでがプレイ・リストにSLEEP WALKERの名を挙げて来た。2002年には1stアルバム『SLEEP WALKER』を[KSR/ESPECIAL RECORDS]からリリース。JAZZANOVA、LAURENT GARNIER等からも絶賛され、ケ楽ジャンルを超えた支持を受けている。2001年にはロンドン JAZZCAFEにて、マッコイ・タイナー・トリオとの一週間公演を行い、2003年には同じくJAZZ CAFEにてファラオ・サンダースとの4日間公演を行った。同年のスロバキア-クロアチア-オーストリアの東欧3ヶ国ライブでも、KYOTO JAZZ MASSIVE、U.F.O.、CHARI CHARI、DJ MOOCHY等と共に合計2000人を動員し、メイン・アクトとして観客を熱狂させる。又、渋谷のクラブ、THE ROOMではYUKIMINAGANOやTWO BANKS OF FOUR、DA LATAと共演し、数々の素晴らしいエピソードを産み出して来た。2004年春には、tァラオ・サンダースをゲストに迎えたニュー・シングル「THE VOYAGE」、2005年春には、[ESPECIAL RECORDS]初のショーケースとなる『ESSENCE OF ESPECIAL』の先行シングル「RIVER OF LOVE」を発表。そして、この夏、遂に待望のセ2ndアルバム『THE VOYAGE』をリリース。ダンス・ミュージックとジャズの融合を実現し、世界規模で盛り上がるジャズ・バンド・ムーブメントの先がけにして中心的存在として時代を牽引し続けている。[2006.9月現在]
  SLAM MODE
-スラム・モード-
 
1980年代後半からニュー・ジャージーを拠点に活動を続けているMICHAEL COLEとANGEL RODRIGUEZによるユニット、SLAM MODE。活動し始めてから現在に至るまで、ディープなハウス・ミュージックを基本としながらもその枠を超えた完成度の高い作品を多数発表し、カルト的人気を誇っている。
'90年代には自らのレーベル[DEEP WORLDWIDE MUSIC]を設立し「TABURA RASA」「THE PINK HORIZON」「THE ORBITAL BLISS」等の傑作EPを次々と発表。N.Y.アンダーグラウンド・ハウス・シーンを中心に世界的注目を集める。1999年、UKのレーベル[GRASGOW UNDERGROUND]より初のアルバム『LA COLECION』を発表。また、[SPIRITUAL LIFE MUSIC]からも「FIAT MISTURA EP」「THE DISTANT SUN EP」「ALPHA OUTAKES」と3枚のEPをリリースした後、2001年に2ndアルバム『UHURU』を発表。ディープで美しいハウスを中心にテクノやジャズとクロスオーヴァーした音楽性で、時を経ても聴き続けることのできる非常にハイ・クオリティーな作品として評価されている。
ここ数年は[IBADAN RECORDS]より「USONI」「SOLARIS / ETERNAL」の2枚のシングルをリリース。ここ数年は[IBADAN RECORDS]より2枚のシングルをリリース。よりシカゴ・ハウスやデトロイト・テクノの影響を感じさせる内容で新たなる展開を見せている。2004年10月に3rd アルバム『SIGNALS』を発表。現在までの活動を振り返って見ても、常にトップDJ達からリスペクトされ続けてきたアーティストだけに、今後の活動からも全く目が離せない。
DJとしても全米各地で行われたSPIRITUAL LIFE MUSIC主催のパーティー等でJOE CLAUSSELLやMKLと共に素晴らしいプレイを披露しているという。N.Y.のDJ達の中でも特にDEEPでUNDERGROUNDなスタイルを貫いている彼等だけに、美してインテリジェントで深い世界観を感じさせる音楽をプレイしてくれるであろう。 [Ryo Watanabe(Face/Escape)]
[2004.11.現在]
  Sieg Uber Die Sonne
-ジーク・ウーバー・ディー・ゾンネ-
[2005.02.26(sat)]
 
1988年、様々なバックグラウンドを持つアーティスト、ドイツ人・チリ人、合計6名からなるユニットとしてドイツ、フランクフルトにて活動を開始したSieg Uber Die Sonneは翌1989年に限定盤の7インチシングルをリリースし、その名が知れ渡る。1991年に12インチを発表後すぐに解散するものの、中心的存在だったDandy JackPink Ellinの2人は共同で活動を継続する。
1994年に発表されたユニット名義のファーストアルバム、そして1996年リリースのセカンドアルバム『18』においては彼ら独自のリスニングセンス、そして宇宙体験を斬新なリズムに乗せて表現している。ファーストアルバム発表と同じ年に初のライブパフォーマンスも披露。チリの北部の海岸にて日食期間中に行われた、そのライブを皮切りに、La VilletteやRex Club、パリのBatofar、ロンドンのFabric、スイスのVision、チリのMutek Festival等、ヨーロッパ各地の有名クラブやフェスティバルに出演してきた。
自身の曲を、機材を壊してしまうかのように、刺激的に、そして攻撃的にアレンジして演奏するライブスタイルにより多くの観客を熱狂の渦に巻き込んできている。
デビューからおよそ10年、4枚目のアルバムにおいてはダンスミュージックではNなく、ポップスのプデューサーとしての才能も披露している。ポップでありながらも決して裏切ることのない確かな音("Charlotte de Gaulle","Gone"、"Love is o.k."等 )を提供し続ける彼らは、今日においてはクラブやラジオ放送における情報発信者としての影響力も大きい。
本年リリースされた最新アルバム『+1』(In Stores Now/Multicolor-B0001Y4KJW/¥2,622)では様々なダンスミュージックの要素が凝縮され、エレクトロファンクの新境地を開拓している。高度に洗練された音色一つ一つが計算し尽くされたポジションに配置されるそのスタイルは"art dance"とも言うべき新しい時代の作風であり、テックハウスに続く新たなの音楽の形を示していると言えよう。[2005.1月現在]
  Sonja Moonear
-ソニヤ・ムーニエ-
[2005.05.06(fri) / 05.12.16(fri)]
http://www.sizerecords.com/
 
ただ一言「天才!」と、Eric Morilloに言わしめ、弱冠22才にして、イビサの伝説のパーティー「Subliminal Sessions @Pacha」で、Ericと共にレジデントDJをつとめる。
DJにおける素晴らしいテクニック、天性の才能もさる事ながら、世界、そして日本において、ハウス、エレクトロのもっともセールスを記録する、プロデューサー&リミクサーの1人である。2005年だけでも、50タイトル以上のシングルと、リミックスをリリース。弱冠22才にして、本国スウェーデン、そしてヨーロッパでベストセラーハウスミュージックのリミクサー&プロデューサーの1人。ビッグスターDJ達とのリミックスも盛んで、ERIC PRYDZ、ARMAND VAN HELDEN、DAVE ARMSTRONG、SEBASTIAN INGROSSO、AXWELL、GADJO、MOBY、LEE CABRERA、MYLOといっス豪華DJ陣、プロデューサー達との作品を数多くリリース。
その若さながら、ハウスミュージック界のキーパーソンとして、彼自身のレーベル[SIZE RECORDS]も立ち上げ、さらに[SUBLIMINAL RECORDS]のアーティストしてますます話題沸騰。2005年夏にはSteve AngelloのニューミックスCDが[SUBLIMINAL RECORDS]からリリースされた。
House Music Award 2005において、Breakthrough DJ部門を見事勝ち取り、IBIZA DJ AWARDSでもBest Newcomerを受賞している。[2005.12月現在]
  SUGIURUMN
-スギウラム-

[2005.04.22(fri) /05.10.10(sat)]
 
2004年にリリースされ、東京、NY、ロンドン、マイアミ、イビザなど、世界のクラブミュージック中心地で大反響を呼んだ『Our history is made in the night』からわずか1年、2005年7月にSugiurumnが待望のフルアルバ『House beat』をリリース!4月にCOLDFEETのLoriをフィーチャーしたシングル「Sweet Amazing」で恋人達に終わらない夜を届け、続く6月には第3京浜に集まるハーレーダビッドソンのマフラーの中にまで響くであろう禁断のロッキンチューン「Boogie Nights」のリリース!そして、今年最大の衝撃と言えるアルバム『House beat』...2005年式ハウスミュージックのグラウンドゼロへ、君の燃料にはもう火が着ついている。[2005.8月現在]
  STEVE ANGELLO
(SUBLIMINAL/SIZE RECORDS)
-スティーブ・アンジェロ-
[2005.05.06(fri)]
 
弱冠22才にして、本国スウェーデン、そしてヨーロッパでベストセラーハウスミュージックのリミクサー&プロデューサーの1人。ビッグスターDJ達とのリミックスも盛んで、ERIC PRYDZ、ARMAND VAN HELDEN、DAVE ARMSTRONG、SEBASTIAN INGROSSO、AXWELL、GADJO、MOBY、LEE CABRERA、MYLOといった豪華DJ陣、プロデューサー達との作品を数多くリリース。
その若さながら、ハウスミュージック界のキーパーソンとして、彼自身のレーベル[SIZE RECORDS]も立ち上げ、さらに[SUBLIMINAL RECORDS]のアーティストしてますます話題沸騰。STEVE ANGELLOのリミックス、作品は、世界中どこのレコードショップに行っても、置いて無いショップは無い!というほどの人気。
STEVEのパートナーでもあり、ベストフレンドでもある ERIC PRYDZは、ヒット曲「CALL ON ME」で世界的スタとなった。STEVEは、この曲もリミックスしている。そして、ERICに続いて2005年、世界的なスーパースターDJとなるのはSTEVE ANGELLOに間違い無いだろう。
また、イビサのトップ人気を誇るパーティー“SUBLIMINAL SESSIONS@PACHA”の2005年は、ERIC MORILLOと共に、DJの1人として登場する。加えて2005年夏にはSteve AngelloのニューミックスCDが[SUBLIMINAL RECORDS]よりリリース予定。[2005.4月現在]
  Steve Bug
-スティーブ・バグ-

[2005.06.10(fri) / 06.04.22(sat)]
http://www.pokerflat-recordings.com
 
ミニマルテックハウス職人Steve Bug。DJ/プロデューサー/レーベルオーナーとしてハウスとテクノの間を自由に、そして巧みに行き来し続けるそのセンスとテクニックは唯一無二。レトロなベースラインと不規則なノイズが絡み合って作り上げられるムーディーでミニマルで魅惑的なサウンドはドイツのテックハウス/エレクトロニックハウスのシーンにおけるSteve Bugの地位を確固たるものとしている。
91年、イビサのクラブSpaceに隣接するバーでのアフターアワーズにおいてDJとしてのキャリアをスタートさせ、やがて出身地であるブレーメンのクラブにおいてレジデントとしてプレイしたり、ベルリンのラブパレードを初め、ドイツ各地を代表するイベント・パーティーにブッキングされるようになる。やがて93年、ハンブルグを拠点とするレーベル[Superstition Recordings]より作品をリリース し(すぐにイギリスの名門[Risin' High]にライセンス)、プロデューサーとしてのデビューを果たす。また、96年には自身のレーベル[Raw Elements]を立ち上げ、Felix Da Housecatの作品などを発表するも、自身のトラックで「Volksworld」とコンピレーション『Da Minimal Funk Part 1 & 2』をリリースした後[Raw Elements]の活動休止させる。これと入れ替わるようにして新たに立ち上げたレーベルが[Dessous]と[Poker Flat]である。
[Poker Flat]は、Steve自らが手がけた1枚目のリリース「Loverboy」(後のアルバム『The Other Day』のオープニング曲)のヒットにより、瞬く間に注目を集める。その実験的で斬新なサウンドは強烈な個性でもってナンバーワンレーベルとしての圧倒的な存在感を放っている。もう一方のレーベル[Dessous]においてはVincenzoとの共同名義である"Discowboys"など、deep houseスタイルのサウンドを展開している。
自身のレーベルだけでなく、[Cocoon Records]からリリースされたコンピレーション『Steve Bug presents The Flow』、あるいは[Raumu]や[Italic]、[Turbo Records]などの有名レーベルからリリースされたオリジナル作品、Robotman、ADNY a.k.a Alexi Delano、Antonelli Electr, feat. Miss Kittinのリミックスど、プロデューサー/リミキサーとしての活動は多岐に渡る。また、[Minus]からリリースされたRichie Hawtinとのコラボレーション作品「Low Blow」を始め、Funk D' Voidや Jeff Samuel、Freaksのリミックスを手がけるなど、各方面のアーティXトからの信頼も厚い。
最新、3つ目のレーベルとして立ち上げた[Audiomatique]においてはAnders TrentmollerやMartinezなど、次世代テクノ/ハウスアーティストの発掘に成功している。特に、わずかに4枚目のリリースでありながらもビッグヒットとなった「Physical Fraction」はまさしくTrentemollerにとって のブレイクスルー作品となった。
[Poker Flat]から1月リリースされたシングル「Smackman EP」、4月28日発表予定の『Bugnology 2』と、 06年に入ってからも休むことなく発信し続けるSteve Bugからは一瞬たりとも目が離せない。[2006.4月現在]
  DJ SHINGO
(AGORA RHYTHM)
[2005.05.06(fri)]
 
青山LOOPでのSUNDAY AFTERNOON PARTY「FLAT」や渋谷FROATでのTUESDAY NIGHT「T.U.G.」のレジデントDJとして、またレコードショップSTYLUSのバイヤーとしても活躍しており、その豊富な知識と経験を生かした選曲には定評があり、多くのクラウドを魅了している。またTETSU SHIBUYAとのユニット、AGORA RHYTHMとして昨年NITE GROOVESより2枚のシングルをリリース。新人不毛といわれる国内ハウスシーンに一石を投じた"NEW HOPE"は、DANNY KRIVIT、JOE CLAUSSELL、TONY HUMPHRIES、DAVID MORALES、PATRICK FORGEなど、国内外のトップDJ達にプレイされ、世界中で評価された。続く"GALAXY / CIRCLES"では一転スペーシーなディープテックハウスを披露し、更に幅広い層への指示を得る事となる。またリミキサーとしても、BLAZEのリミックスアルバム"KEEP HOPE ALIVE REVISITED"で唯一日本人として参加し、そのJOI CARDWELL "BE YOURSELF"のリミックスがKING STREETよりリリースされ、FRANKIE KNUCKLESの賞賛を受け、LARS BEHRENROTHなどにプレイされるなど好評を得ている。そしてイタリアの名門IRMAレーベルより、12 FINGERS "GIRASSOL"のリミックスも手掛けリリース間近である。その才能を認められているDANNY KRIVIT自らの指名により共演、東京のみならず地方各地でゲストDJとして呼ばれるなど、現在注目されているアーティストの一人である。[2005.7月現在]
  S2 a.k.a. SANTIAGO SALAZAR
(UR-067, G2G, LOS HERMANOS)
-サンティアゴ・サラザール-

[2005.08.30(tue)]
 
S2ことSANTIAGO SALAZARは1992年よりLAアンダーグラウンドシーンにてDJ活動を開始。数々のレジェンド(CHRIS FLORES、ANDREW D、EDGAR C、DJ LEEやTONY POWELL等)とのパーティ・オーガナイズを経て、当時からのパートナーであったDJ-DEXと共に、MAD MIKEからのオファーを受け2000年デトロイトに移住、(SUBMERGE)のレジデンツに参加。サンティアゴは、URは勿論のこと、SUBMERGEからリリースされている数々の12インチシングルのエディットをこなし、自身も参加するLOS HERMANOS名義での作品「RETURN OF THE DRAGONS」でもエディットワークの決定的な仕事でその評価を確率した。また、先立ってリリースされてS2名義でのシングル「SLIDE EP」からURのコードナンバー(UR-057)を与えられ、名実共にUR の主軸メンバーとして活躍中。この「SLIDE EP」は世のURフリークに熱狂を持って支持されている。現在はUR-057としての活動の他に、GALAXY 2 GALAXY とLOS HERMANOS のメンバーとしても活躍。特にライブ時のターンテーブリストとして、世界中のオーディエンスから高い評価を得ている。[2005.8月現在]
  STEVE "FELLA" KOTEY
(Chicken Lips / Bear Entertainment)
-スティーブ "フェラ" コーティ-
過去のParty Reportはこちら
[2005.09.02(fri) / 06.03.24(fri)]
 
ディスコ・ダブの先駆者がIdjut Boysならば、Steve "Fella" Koteyは、ディスコ・ダブを世に浸透させたハウス界の新たなマーケッターである。アーティストでありながらも、シーンの矛先を確実に掴み様々な活躍を見せている。その躍進する姿からは、音楽的な才能を遥かに超越した何かを感じ取る事ができる。
90年中期、Idjut BoysのDiscfunctionレーベルより、彼が指揮を執るAkwaabaがデビューを果たす。Hip Hopをバックボーンに持つTom Lee、そしてMudd名義でも知られるPaul N. Murphy(主にプログラミングを担当)によるユニットで、彼等はLPのリリースを目的としたプロジェクト・メンバーであった。2000年に彼等の肝であるダブ色が色濃く出たファースト・アルバム『Do it tomorrow』、そしてその2年後の02年には、更にアーティスティック且つ繊細な楽曲が詰まったセカンド・アルバム『Too shiny』をリリースしている。その他、12インチではFrancois K.のミックスCDに収録された「Just pilau」や、カリビアン・ディスコ・ダブ「Monkey」がハウス〜テクノ・ファンを震撼させた名作として知られている。このプロジェクトの成功により、Steve "Fella" Koteyという名が世界へと広がったのである。
そして、ギタリストBen SmithとのKost Effectiveを始め、Afro Butt、Darkfader等の様々な名義を使い分けながらソロ活動を続けると同時に、幾つかの傘下レーベルを持つ[Bear Entertainment]のオーナーとしても多忙を極める。DJ Kent、Altzといった日本人アーティストの作品で知られる[Bear Funk]、ディスコティックなサウンドが特徴の[Big Bear]、北欧はPrins Thomasも経営陣として参加した[Full Papp] (ノルウェー語「巨乳」の意らしい)、そしてダーク・テックなサウンドの[Hairy Claw]等、その抱えるレーベル全てが重要な位置付けとなり、今やクラブ・シーンの注目の的となっている。
近年、更に衝撃を浴びせたのが、あのChicken Lipsへの加入。これによりHarveyスピリットを継承するアングラ族の中心に立つことになった。しかもこの影響はChicken Lipsとしても大きく、その後リリースした『DJ Kicks by Chicken Lips』[Studio ! K7]、『Clicks, acid & Disco』[Trust The DJ]において、その「違い」を証明させたのだ。(Yasuo Fukuda)[2005.8月現在]
  SOIL &"PIMP" SESSIONS
-ソイル&ピンプ・セッションズ-

[2004.06.07(wed) / 05.09.24(sat) / 08.03.29(sat)]
www.soilpimp.com
 
社長(アジテーター)、タブゾンビ(Tp)、元晴(Sax)、丈青(Pf)、秋田ゴールドマン(B)、みどりん(Dr)の6人によるジャズ・バンド。ライブ・パフォーマンスを中心とした活動を身上とし、確かな演奏力とクールな雰囲気を漂わせながらも、ラフでエンターテインメント、バースト寸前の爆音ジャズを展開。DJが主体であったクラブに、ライブ・パフォーマンスを持ち込んだパイオニアとして、クラブ・シーンでは知る人ぞ知る存在となる。2004年デビュー・アルバム『PIMPIN'』をリリース。2005年、1stフル・アルバム『PIMP MASTER』を発表。世界的に有名なDJ、ジャイルス・ピーターソンの熱烈なラブ・コールにより、英BBC RADIO1の人気番組“WORLDWIDE”に出演し、そのスタジオ・セッション模様のオンエアがきっかけとなり、ヨーロッパ各国での人気に火が付くことになる。同年末、BBC RADI01が毎年主催している“ワールドワイド・アワード 05”で「The John Peel 'Play More Jazz' Award」を受賞。同時にリスナー投票によるトラック・オブ・ジ・イヤー、セッション・オブ・ジ・イヤーの両部門にも3位にノミネートされる。2006年、2ndフル・アルバム『PIMP OF THE YEAR』を発表。同年7月にはモンgルー・ジャズ・フェスティバル、ノース・シー・ジャズ・フェスティバルに出演。2007年3月、3rdアルバム『PIMPOINT』をリリース。6月には、世界最大のロック・フェス、英国グラストンベリー・フェスティバルへの出演を果たす。続く7月、ジャイルス・ピーターソン主宰の[BROWNSWOOD RECORDINGS]より、最新作『PIMPOINT』をリリース。10月には、BBC恒例の音楽イベントelectric promsでJamie Cullumと共演するなど、現在、日本のみならず国境を超えたグローバルな音楽活動を勢力的に展開中。[2008.3月現在]
  DJ SEIJI
-DJセイジ-
[2005.12.29(thu)]
 
81年札幌においてDJとしてのキャリアをスタートさせる。88年にDJ達や音楽を愛する者のコミュニケーションの場として支持されることになるSound Bar「DEF」をオープン。その後、90年に渡米し、当時、The Choice等でプレイしていたLARRY LEVANの洗礼を受ける。帰国後、現在も語り継がれる札幌の「The Wall」レジデントDJとして活躍。「The Wall」クローズ後、「Red Hot」、「Awade」と札幌のアンダーグラウンドシーンを代表するクラブで常にDJとして活躍してきた。その間、97年には流行に流されることの無い、良質なダンスミュージックをセレNトした「Black Records」をオープン。現在はPrecious Hallにて、光悦のカートリッジやMark Levinson等、ハイクォリティなサウンドシステムを使用したパーティー「Melting Pot」で、そのキャリアに裏付けられた、ダンスミュージックの枠にとらわれない確かなセレクトで、本物のサウンドを探求し続けている。札幌のダンスミュージックシーンを牽引し、自身も常に新しいサウンドを追い続けるDJ SEIJI。一夜に渡って繰り広げられる、過去から現在、その先へと向かう音楽探求の旅(Party)は終わらない・・・[2005.12月現在]
  SCIENTIST
-サイエンティスト-

[2006.05.12(fri)]
 
ジャマイカで生まれたダブというサウンド・プロダクションが、他にどのくらいの影響を与えたのか。そんな説明は、ここで繰り返すまでもないだろうが、今、世界中のクラブで鳴っている音のほとんどすべては、ダブなしには成立し得ない、と言い切ってしまっても問題ないはずだ。周知の通り、ダブの創始者はキング・タビーとされている。そして、そのタビーの一番弟子が、プリンス(後にキング)ジャミー。さらに、二番目の弟子が、今回初の来日を果たすサイエンティストである。
本名ホープトン・ブラウン。1960年キングストン生まれ。10代の後半に、知り合いを通じてタビーの経営する電化製品店に修理工として就職したという。ねらいはもちろん、サウンド・エンジニアに起用されることであった訳だが、その願いは意外に早く叶えられることになる。独立を目指すジャミーが、スタジオを留守にすることが多くなったのだ。そこで抜擢されたのが、このエンジニア志望の修理工であった。才能を見出したタビーの眼力も見事だが、期待に応えたサイエンティストの力量にも舌を巻く。すぐさまキング・タビーズの看板エンジニアとして大活躍。
80年代に入ると、拠点をチャンネル・ワン・スタジオに移し、ヘンリー“ジョンジョ”ロウズのプロダクションを中心に、ルーツ・ラディクス・バンド等によるトラックを次から次にダブ化していった。結果として、大量にリリースされたイラスト・ジャケットのアルバム(英グリーンスリーヴスが配給)は、欧米、そして日本でもかなり名前が知られるきっかけとなった。と同時に、ミキシング・エンジニアとして不動の地位を築いたのもこの頃であろう。現在、ロスアンジェルス在住で、スタジオ・ワーク、そしてライブ・ミキシング共に順調な活動を続けている。
サイエンティストの業績、つまりは、この科学者と呼ばれたエンジニアのミキシングのどこがそんなに凄いのか、それは、ダブのステレオ・ミックス、もしくは、イフェクト処理のステレオ化、これに尽きる。たしかにタビーや初期のジャミーも、リバーヴ、ディレイ等を使っているけれど、あくまでもモノラルなのだ。もちろん、機材の進化があることも考慮に入れてのことだが、このモノラルからステレオへの移行は衝撃だった。サイエンティストこそが、現在形のダブの創始者と言えるのではないか。
今回の初来日に期待するのは、レアな音源の披露と、ライブ・ダブ・ミックスの詳細をこの目にすることである。今から、楽しみでならない。(工藤 Big 'H' 晴康)[2006.5月現在]
  SUNSHINE JONES
(Formerly Dubtribe Soundsystem)
-サンシャイン・ジョーンズ-
[2006.06.03(sat)]
 
米西海岸のハウスシーンの礎を築いてきた面々のうちの一組こそ、サンシャインとムーンビーム・ジョーンズ夫妻からなるダブトライブ・サウンドシステムだが、2005年12月に惜しまれながら16年間にわたる活動を停止した。
90年代初頭にサンフランシスコを拠点に、まずは12ピースのバンド形態で自らパーティーをオーガナイズする事からスタートしたダブトライブ・サウンドシステムは、エレクトライズされたサウンドにヒューマスティックな要素:アフリカン、カリビアンに大きく影響を受けたライブインストゥルメンツと融合、ダブの方法論でくるみ演奏してゆく、という当時としては時代を先取りし過ぎたスタイルで野外レイヴを軸に活動、ほどなくヒッピームーヴメントの地に旋風を巻き起こし、現在の西海岸ハウスシーンの礎となる交流を築いていく。
1994年に発表されたアルバム『Sound System』は、オルタナティブかつ本物のディープネスに根ざしたダンスミュージックに飢えていた後のエレクトロニカ世代のベースを形成してゆくことになる若いアンダーグラウンドテクノ/ハウス系のリスナーの間に瞬く間に熱狂的なリアクションを引き起こす。
95年のアルバム『Selene Songs』は彼等の位置をポストレイヴ/アンダーグラウンドテクノ/ハウスのシーンを担うライブエレクトリックアクトとして確立する。
当初は[Organico]から作品を発表していた彼等は96年に[Imperial Dub Reordings]を設立、作品発表も自らのコントロール下に置く事に。[Imperial Dub]はダブトライブとDoc Martinのコラボレート=Doctor DUB名義の「Unification」をファーストリリースに、現在まで40作品以上を発表していて、DocやMark Farinaといった現在の西海岸を代表するDJが選曲/ミックスを担当したレーベルサンプラー的なミックスCDもその中に含まれる。今やダブトライブとその周辺のタレントによる質の高い作品をコンスタントに送り出し続けるレーベルとして 西海岸のダンス~ュージック界を代表するレーベルとなる。
1999年にはメジャーレーベル[Jive Electro]と契約、『Bryant Street』をリリース。 常にインディペンデントな姿勢を貫いてきた彼等が初めてメジャーの手を借りた記念碑的アルバムで、[Imperial Dub]から発表してきたシングル曲群をコンパイルするという側面も備えていた。 また、このアルバムは西海岸産ディープハウスの金字塔、あるいはハウスミュージック史上における最も重要なアルバムのうちの一枚という、驚ろくほどに高い評価を獲得する、文句のつけようのない出来だった。 また、「Equitoreal」「El Regalo de Amor」といった楽曲が世界中のダンスフロアーに響き渡り、彼等の人気を不動のものとした。
それから約4年の歳月を経てイギリスの大手[Defected]から2003年にリリースされた、彼等にとって通算4枚目となるアルバム『Baggage』は彼等の大ヒット曲「Do It Now」以外はこのアルバムの為に制作された曲だ。彼等不変のディープな魅力に満ちた内容で、UKからアルバムに先駆けリリースされた「Autosoul」は彼等の久々の復帰に応え、世界中のダンスフロアを揺らした。ソウルやファンクやダブやラテンやジャズやディスコやアンビエントを吸収したこのアルバムは、ソウルフルでトライバルな西海岸ディープハウスの最高峰としてのダブトライブサウンhの幾つもの美しい等身大の結晶となった。
2005年に発表された『Imperial Dub』を最後に解散する事を決定、一年かけて各地を廻る解散ツアーを企画する。 ツアー中にソロアーティストとして活動を継続していく事を考えたサンシャインは、一週間を通したレコーディングに取りかかり『Seven Tracks in Seven Days』を完成させ、[Nitegrooves]から2006年春にリリースされる予定である。 Frankie Knuckles、Marshall Jefferson、Robert Owens、Mr. Fingers、Ron Hardy といったシカゴハウスの伝説的なアーティストに影響されたというそのサウンドはダブトライブとは違った側面を聴かせてくれる。[2006.5月現在]

A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
index>>