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J |
JEFF
MILLIGAN aka ALGORITHM
-ジェフ・ミリガン / アルゴリズム-
(Revolver, Background, Onitor, ForceLab/Canada)
[2004.03.11(thu) / 04.12.01(wed) / 05.01.19(thu) / 06.01.19(thu) / 06.09.14(thu) / 07.09.22(sat)]
http://www.jeffmilligan.ca/
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神業とも言えるテクニックで、多くの人を魅了するアーティスト。DJ/プロデューサー/レーベルオーナーとして活躍し、カナダのエレクトロニックミュージックシーンの礎を築き、現在はベルリンを拠点に、国際的に活躍している。
1986年、若干14歳でDJとしてのキャリアをスタートさせたJeff Milliganは、シカゴ、デトロイトの影響を受けたというハウス/テクノ・サウンドで、Richie
Hawtinと共にカナダを代表するアーティストとしてシーンを創生期から牽引してきた。4台ものターンテーブルを駆使する驚異的なテクニックで人々を魅了するJeffのDJとしての評判は着実に広まることとなる。1999年にはパートナーのMike
Shannonと共に初のヨーロッパツアーを敢行し、現在は世界各地でプレイしている。
プロデューサーとしての評価も高く、Algorithm名義での[+8]、及び[Serotonin Records]からのリリースを皮切りに、これまでに[Force
Inc]、[BipHop]、[Background]、[Onitor]、[Mutek]、[Sublime]、[Traum]といった世界各地のレーベルから作品を発表している。
また、1999年に設立した自身のレーベル[Revolver Canada Recordings]では、これまでにAkufen、The
Mole、Deadbeat、Tomas Jirku、Pan/tone、Jay Hunsbergerといったカナダ人アーティストや、Shaka、Dimbiman、Portable、Frank
Martiniqなどの国外アーティストをフィーチャーし、カナダの、そして世界のエレクトロニックミュージックシーンを刺激している。[2007.9月現在]
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J-MAJIK
-ジェイ・マジック-
[2004.03.12(FRI)]
http://www.infraredrecords.co.uk/ |
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J・マジックがInfraredを設立したのは1994年。自身のより実験的な作品をリリースするレーベルとして始動した。初期にゴールディ、ペシェイ、レモン・D、4ヒーローのディーゴなどの作品をリリースすることで、レーベルの知名度は一気に上がり、数年の内にInfraredはドラムンベース・シーンでお馴染みのレーベルとなる。1998年、J・マジックの1stアルバム「Slow
Motion」がリリースされる。また、アルバム「The Nightvision」はゴールディ、フォーテック、ジョン・B、トータル・サイエンス、フューチャーバウンドからのエクスクルーシヴ・トラックから構成される作品だ。この作品はアンダーグラウンド・レベルでの成功を収め、レーベルをドラムンベース界のプレミア・リーグへと押し出した。それ以後もJ・マジック、フューチャーバウンド、フューチャー・カットなどの12インチをリリースすることで、レーベルの認知度を世界中で高めてきた。最近、Infraredはミニストリー・オブ・サウンドのレーベルDefected
Recordsとコラボレーションをし、"Love Is Not A Game"のプロモをリリース。ドラムンベース・シーンとの強い繋がりと、最近のディスコ・ハウス・シーンとの関与で、クロスオーヴァーする全く新しいテリトリーへのドアがInfraredの前に開かれたと言えるだろう。アルバム「The
Infrastructure」は既に話題を振りまいている。アンダーグラウンドでは話題騒然だ。J・マジックがドラムンベースをチャートに再び載せることで、Infraredの未来は明るいと言えるだろう。[2004.2月現在] |
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Julien
Jabre
-ジュリアン・ジャブル-
[2004.04.03(SAT)] |
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"Voodance"
のシングル・ヒットによって、米欧のハウスファンからも一目置かれる、ディープ・ハウサー、Julien Jabre。
DJ Gregory、DJ Deep、Alex from Tokyoらとの出会いにより、彼らとのコラボレーションを通じてプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせたJulienは、その後、Bob
Sinclarの "Africanism" への参加や、"Discoteque of Julien Jabre"
のリリース、Silent Poetsの "To Come..." のリミックスなど、Yellow Productionsでの活動をこなすほか、Basic
RecordingsやVersatileから12インチをリリースするなど、目を見張る活動量でその名をダンス・ミュージック・シーンに刻み付けてきた。
最近では、パリでも大人気のパーティ "Free Your Funk" でNext Evidenceと共にプレイするなど、DJとしての活動を広げてきている。DJ
Gregory(彼とJulienは "SOHA" 名義で現在活動している)やNext Evidenceと並ぶフレンチ・エレクトロニック・
ミュージック第2世代の代表的存在であるJulien JabreのDJは、ディープ・ハウスのみでなく、ディスコ、ファンク、ヒップ・ホップ、エレクトロ、ブラジリアンまでをミックスした真に『ダンス・オリエンテッド』なプレイを期待できる。[2004.3月現在] |
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JUN
-ジュン-
(Capricious/ Outergaze) |
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1990年代初頭、ロンドンにてDJ活動を開始。帰国後、パーティ“outergaze”、レーベル[Capricious]を立ち上げる。Moodyman、Mark
Farina、Doc Martinなど主要海外DJ来日時、国内代表として数多く共演する実力派。現在はPhononとのユニットBeatblocks名義での楽曲制作、自身のレーベル「outergaze」の運営に精力を注ぐ。Junのアンテナにかかる国内外のアーティストの作品をリリースし、世界各地で高い評価を得ている。
[2004.4.現在] |
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jun
gold
-ジュン・ゴールド-
http://www.artvibes.com/jp/blueherb/ |
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TBH始動期に平岸に移住。djとして活動開始したjun_goldは2000『Drum
Program Anaglam EP』にて「BAYON」「SILENTWEAPON」の2曲で参加。2001年 同2曲 THA BLUE
HERB RECORDINGS コンピレーションCD『ONLY FOR THE MINDSTRONG』に収録され、その後も自ら主催する【SHOP】にてDJ
DYE(TBHR)と活動し、札幌プレシャスホールにて【LINK】にもレギュラー参加などBPM、BEATのレンジの広いDJ活動を続けている。2003年には『ON
FLOOR EP』『ON SOFA EP』12インチを発表。今年3月には札幌プレシャスホールにて5hour set【GOLD EXPERIENCE】敢行。常に新しいBEATを捜し回り、現在album制作に向かっている。
[2004年7月現在] |
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JESPER
DAHLBACK
-イェスパー・ダールバック-
[2004.10.16(sat)] |
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スウェーデンを代表するDJ/プロデューサー。1993年にはストックホルムを拠点とする[Globe
Studios]をPeter BenischやAdam Beyerと共に結成、その後、Alexi Delano、John Selway、Jori
HulkkonenやDJ Sneakをはじめとする多くのアーティストが名を連ねることで有名なレーベル[DK]をThomas Kromeとともに設立。1996年以降はMixmagのレーベル・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、スウェーデンのグラミー賞にも2度ノミネートされている[SVEK]で活躍。99年、カナダのレーベルTurbo
RecordingsのTigaと出会い、Stockholm Mix Sessions ・/・という2枚のハウスのミックスCDをリリース。Sebastian
Nimrellと共にSunday Brunchというデュオを結成。
[F communications]や[Poker Flat]、[Kanzleramt][Earthtones][Drumecode][Missle、Intec][Yoshi
Toshi][2020 Vison]など、様々なレーベルでリミックスを手がけ、現在は2枚目のソロアルバムを製作中。近年は世界中の有名なクラブでプレイをしており、今年、苗場にて行われたメタモルフォーゼでのThomas
Kromeとのプレイは記憶に新しい。[2004年10月現在] |
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JORI
HULKKONEN
-ヨリ・ハルコーネン-
[2004.10.16(sat)] |
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フィンランド北部の町、Kemi出身。1993年にはAri
Ruokamaとともに自主レーベル[Lumi]設立。1995年にはCari Lekebuschの[Hybrid]やTrainspotterの[Nightmare]、イタリアACVの[Out
Of Orbit]などのレーベルからのリリースを重ねる。1996年に「Selkasaari Tracks」をF Communicationsからリリース。同時にThe
Rec(フランス)、The End、Cream(イギリス)、E-Werk(ドイツ)、Kadoc(ポルトガル)など、様々なクラブやフェスティバルにてライブアクトやDJとしての活動を始める。1997年に[F
communications]からリリースされたJii Hoo「let Me Luv U」は代表作であり、世界中のDJから支持された。更に、同レーベルから1998年に発表したアルバム『The
Spirits Inside Me』によりJoriはその名をより確固たるものとする。現在はフィンランドで最も著名なクラブであるKermaにてレジデントをつとめ、2つのラジオ番組を担当、またF
communicationsからリリース予定のアルバムを制作中。[2004年10月現在] |
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Jutojo
-ジュトヨ-
[2005.04.02(sat)]
http://www.jutojo.de/ |
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グラフィックデザイナーであるjulie
gayardと映像作家であるtoby cornish、そして建築家のjoni braun
が意気投合し1999年に“jutojo”を始動。レコードジャケットやミュージックビデオから大規模なイベント会場の空間演出まで人間の五感にふれる様々なフォールドでアナログメディアビジュアル集団として活動を展開している。
ベルリンのクラブでおこなわれたJazzanovaのパーティで空間演出をしたのをきっかけとし、JazzanovaのCDアートワークを制作するようになったことが、Jutojoの活動の場を広げていく。現在ではベニス、パリ、リスボン、ロッテルダム、チューリッヒ…様々なギャラリーや劇場、パブリック・スペースでの展示とともに、クラブや大きなフェスティバルでの映像演出を次々と手掛けている。[2005.3月現在] |
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JUN
-ジュン-
[2005.05.13(fri)] |
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3歳までイギリス・ロンドン郊外、その後13歳までオランダ・ロッテルダムで暮らす。
1998年9月にWINOのヴォーカリストとしてデビュー。002年11月解散。2003年バンドとは違った新しいフォーマットでソロ・アーティストJUN、スタート。2003年08月、シングル「マジックタイム」でデビュー。石野卓球氏によるリミックスも入ったこの作品は、当時のROCKIN'
ON JAPAN編集長・鹿野淳氏をして「WINOからJUNへの性転換、大成功!」 、SNOOZER編集長・田中宗一郎氏をして「2003年インパクト大賞、決定!」といったようにJUNの提示する新しいサウンド・ヴィジュアルは各方面で驚きとそれを上回る賞賛をもって迎えられる。
同年11月に発表された2ndシングルの「サンセットシティライト」。楽曲同様、そのジャケットとPVに提示された新たなJUNのヴィジュアル・イメージは各方面に衝撃と話題を呼ぶ。そんな中、渋谷AXでの"aloha
festival'03"、新宿リキッドルームでの“CLUB SNOOZER”などのイベントに参加。ライヴ・アーティストとしても高いポテンシャルを示し、年末には幕張メッセでの“COUNT
DOWN JAPAN03/04”へ参加する。
2004年7月。長期間にわたるレコーディングを経て、1stアルバム『moon risin'』(TOCT-25447)をリリース。ALBUM
OF THE ISSUEに選出されたSNOOZERにおいては、新しい音楽ジャンルの発明とまで言わしめ、ワンアンドオンリーなJUNの世界を見事に確立したと言える作品として、高い評価を受けている。[2005.5月現在] |
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JIMMY
VAN M
-ジミー・ヴァン・M-
[2005.06.24(fri) / 06.07.28(fri)]
http://www.jimmyvanm.com |
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過去15年間でジミー・ヴァン・Mほどアメリカのダンスミュージックシーンに貢献した人物は他にいないだろう。ブッキングエージェントBALANCE(現TCA)の設立はじめ、Sasha&John Digweedとの密接な関係をベースに90年代の"Northern Exposure"全米ツアー、NYトワイロでのレジデント、全米アリーナツアー"Delta Heavy"をまとめるなど、アメリカにおけるダンスミュージックの拡大をサポートした彼の功績は計り知れない。
Global GatheringやCreamfields(UK&アルゼンチン)など数万人規模のフェスティバルでのプレイ経験もかなりあるが、ジミーはオープニングアクトとしてもDJ達から好かれる他、ピークタイムのプレイも定評だしアフターアワーズでも人気、というその場に合わせて自在にプレイスタイルを変化させられるプロ中のプロDJだ。朝に合うディープなセットから疾走感あるメインフロアのピークタイムセットまで、フロアの雰囲気、ヴァイブ、流れを大切にしながら日々発展するダンスミュージックを幅広く紹介する。
BEDROCK初のMix CDを担当したほか、Austin LeedsやSean Cusickといったアーティストとの共作もこれまでにリリースしており、ここ最近はスタジオ作業にも没頭しているらしいので、今後の作品に期待できそうだ。また木村コウ主宰のFUTIC RECORDINGS TOKYOからリリースされる初コンピレーションでKenji Takashima「ELECTRIC VOODOO」のリミックスを担当。[2006.7月現在] |
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JACKMATE
a.k.a. SOULPHICTION,
1/3 of MANMADESCIENCE
-ジャックメイト/ソウルフィクション/マンメイドサイエンス-
[2005.07.07(thu)] |
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本名Michael
Baumann-マイケル・ボーマン-、ドイツ・シュツッドガルト出身。LIL' LOUISやLARRY HEARDといった'80年代オールドスクール・シカゴハウス〜ファンクやソウルといったブラックミュージックからの影響を存分に溶かし込んだ、とびきりモダンで色気のあるミニマルハウスを作るDJ/トラックメイカー。
'90年代中期から後期にかけて、[Stir15]や[Frisbee Tracks]といったレーベルにおいていち早く現代のミニマルハウスの始祖と言うべきトラック群をリリース。近年でもJACKMATE名義をはじめSOULPHICTION、MANMADESCIENCE(NICK
REIFF、BENJAMIN LIETENとのユニット)といった各名義を使い分けながら[Playhouse]、[Perlon]、[Poker
Flat]、[Freude-Am-Tanzen]、[Morris/Audio]などといった名門レーベルからリリースを続けている。
2000年に立ち上げたセルフ・レーベル[PHILPOT]では自身の音楽的嗜好を如実に反映した艶かしく濃厚なファンクネスが充満したミニマルハウスをリリース。とりわけ「Male-Isms
EP」「Motorsoul Vol.1」といった良質な12インチ・リリース群は各方面で高い評価を得ている。また2005年に入ってからはよりソリッドでタイトなミニマルグルーヴを軸にしたオフシュート・レーベル[PHIL_E]をスタートさせ、その精力的な活動にさらなる注目が集まる。
[2005.6月現在] |
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JAMES
CURD
-ジェイムズ・カード-
[2005.09.23(fri) / 07.03.23(fri)]
www.greenskeepersmusic.com |
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Greenskeepersは、15歳からロフトパーティーやレイヴのDJとして活躍し、Derrick Carterとも共演した経歴を持つJames Curdと、パンクバンドにドラマーだったNick Maurerにより、98年シカゴにて結成された。幼少時代をスケードボードで過ごしてきた彼等は、お互いが共感するルーツミュージックとしてパンク、ジャズ、ロック、ハウスといったジャンルを挙げている。そんな独特なバックグラウンドが反映したのか、当時から彼等が目指した音楽性は「ダンスフロアに、よりユニークなスタイルを取り入れる事」。事実、彼等によるプロダクションは、従来のハウスミュージックという括りでは収まらないユーモラスな音が常にミックスされている。伝統的なラグタイム、スウィングジャズと従来のシカゴハウスを融合させた「What’s Your Man Got To Do With Gan」、「Should I Sing Like This」、「Mesopotamian」をDerrick CarterとLuke Solomonのレーベ
ル[CLASSIC]からリリースし、当初より独自のスタイルを確立する事に成功した。そのサウンド・スタイルは“スウィング・ハウス”とまで言われ、Mark FarinaやDerrick Carterらに指示され、ヘヴィープレイされる。2003年に[CLASSIC]から1stアルバム『The Ziggy Franklin Radio Show』をリリース、バラエティーに富んだラジオショウケースを彷彿させるハウスグルーヴへと完成させた。2004年には、先行シングル「Filipino Phil」に続いて、待望の2ndアルバム『Pleetch』をリリース。また、自身のレーベル[GREENSKEEPERS MUSIC]や[IGLOO]からもユニークな楽曲をリリースする。さらに、2006年10月には待望の3rdアルバム『Polo Club』を[OM RECORDS]からリリースし、ハウスミュージックの枠に囚われない多彩な音楽を披露し、高い評価を受けている。James CurdはGreenskeepersの中心人物でもあり、DJとしても世界でギグを行っている。[2007.3月現在] |
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JOHNNY
FIASCO
-ジョニー・フィアスコ-
[2005.09.23(fri)] |
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シカゴ・ハウスシーンの初期から活動を続けてきたJohnny
Fiasco。煙草とカプチーノ、そして家族をこよなく愛するオヤジパワー全開な彼は、クラブ以外のところで会うと、その外見はとても世界各地を飛び回る売れっ子DJとは思えない。しかし、シカゴという街で育ったJohnnyの人生は、まさしく「ハウスミュージックと共に歩んできた」と言えよう。
85年、当時高校生だったJohnnyにとってハウスミュージックに触れることで次第に人生が変わっていくことになる。ロックバンドでギタリストとして音楽活動をしていたが、当時シカゴで確実に広がり始めていたハウスミュージックブームに自然と巻き込まれていく。「DJを始めた最初の6ヶ月間は本当にひどいプレイをしていた」と自らも語るように、未成熟なシーンの成長と合わせるようにしてDJとしてのスキルを高めて行くことになる。また、当初から機材を購入し、トラック製作を開始する。それまでに経験してきたバンド活動とは違い、自身の気持ちの赴くままにプロダクションが行えるというハウスミュージックのスタイルに次第に没頭していくこととなる。
87年には、現在シカゴの老舗クラブとして知られるSmart Barのレジデントとして、Mark Farinaらと共に定期的にプレイするようになる。やがて、90年にオープンした巨大クラブ、Shelterのレジデントとしてシカゴのハウスブームの一つ目の大きな山を経験することとなる。毎週木曜日、平日であるにもかかわらず1500人から2000人もの人々が集まり、踊り狂っていた当時のシーンにおいてDJとしてのキャリアを固め、91年に最初のプロデュース作品「Zig
Zag」でデビューを果たし、ミュージシャンとしての人生が決定付けられていく。
95年、CajmereのCajual Recordsと契約し、作品を発表。そして、97年まで、Spencer KinceyやDizと共に7年間、Red
Dogで のレジデントを務めた後は、Fuse(ベルギー)、The End(イギリス)など、世界各国の有名クラブでプレイするようになり、今日に至る。
02年に初来日を果たして以降、回を重ねる度に着実に日本での知名度も高めてきた。シカゴハウスの歴史を知る男のプレイは他のDJとは一味も二味も違うグルーブを体験させてくれる。[2005.9月現在] |
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DJ
JIN
-DJ ジン-
(Rhymester/Breakthrough)
[2005.09.23(fri)]
www.rhymester.jp
www.breakthrough-net.jp |
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横浜市出身。ジャパニーズ・ヒップホップ・グループの最高峰、ライムスターのDJ。〈キング・オブ・ステージ〉と呼ばれるライムスターのライヴを支える。また、ファンク/ジャズ/ソウルなど幅広い音楽への深い理解に基づくサウンド・プロダクションや、常に高品質なグルーヴ感溢れるクラブ・プレイにおいても確かな実力を発揮し続けている。さらに、ヒップホップ・クロスオーヴァーなDJ集団〈Breakthrough〉も主宰し、今年春にデビュー・アルバム『Breakthrough』をリリース。世界中のミュージック・ラヴァーから話題をさらい、揺るぎない評価を獲得したのは記憶に新しい。[2005.10月現在] |
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JEFF
SAMUEL
-ジェフ・サミュエル-
[2005.11.11(fri)] |
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アメリカ、オハイオ州のクリーブランド出身。
テクノ界の期待の新星、Jeff Samuel。Daniel Bell (DBX)のレーベルである[7th City]やSteve Bugのレーベる[Poker
Flat]など有名レーベルからのリリース。また、Ricardo VillalobosやMichael Mayerなど、リミックスを手がけているアーティストからも分かるとおり、まさしくテクノ界の期待の新鋭プロデューサー/DJである。90年代中盤、Daniel
BellやRobert Hoodに影響を受けたというそのDJスタイルは「いかにディープな音で踊らせ続けるか」である。また、Derrick
May、Jeff Mills、Claude Youngといったアーティスト達にも通ずるデトロイトテイスgも随所に感じさせてくれる。最近ではDEMF(Detroit
Electronic Music Festival)において7th Cityのイベントでプレイするなど、世界各地でDJとして活動を展開している。また、7th
Cityからのリリースである"New Joob"やPoker Flatからの"Blap EP"がヒットするなど、プロデューサーとしての活動も盛んで、ダブやミニマルなど、様々な要素がふんだんに盛り込まれた独自のハウス/テクノサウンドを展開している。[2005.11月現在] |
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JOHN
TEJADA
-ジョン・テハダ-
[2006.01.28(sat) / 07.03.31(sat)]
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プロデューサー、リミキサー、DJ、レーベルオーナー、更には映画やテレビへの楽曲提供などで活躍するテクノ界で最も多忙なアーティスト。自身のレーベルである[Palette Recordings]は勿論のこと、[R&S]、[Playhouse]や[7th city]といった名門レーベルから無数の作品を発表しているそのサウンドは、レーベルカラーにマッチしつつも、ジャズテイスト溢れるサンプルとデトロイトスタイルのシンセ音というJohn Tejada節に仕上がっている。現在は[Palette Recordings]の10周年を記念した最新アルバム『Cleaning Sounds Is A Filthy Business』が発売中ナあり、Arian Levisteとのコラボレーション作品がリリース予定となっているなど、07年も目が離せない。[2007.3月現在] |
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Jeff
Mills
-ジェフ・ミルズ-
[2006.04.14(fri)]
http://www.axisrecords.com |
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1963年デトロイト市内生まれ。
高校卒業後、ザ・ウィザードという名前でラジオ局WDRQのラジオDJとなり(後にWJLBに移る)ヒップホップを中心にミックスするスタイルは当時のデトロイトの若者に大きな影響を与える。1989年マイク・バンクスとともにアンダーグラウンド・レジスタンス(UR)を結成する。UR名義で数々のテクノ・クラシックと呼べる作品を発表すると同時にX-101、X-102、X-103名義でもアルバムを制作している。1992年にURを脱退したジェフ・ミルズはニューヨークの有名なクラブ<ライムライト>のレジデントDJとしてしばらく活動し、その後シカゴへと拠点を移すと、゙自身のレーベル[アクシス]を立ち上げる。[アクシス]は今でもジェフの活動の拠点になっている。1996年には新たに[パーパス・メイカー]レーベルを設立し、パーカッシヴでベースラインの効いたダンス・トラックをリリースする。1999年には第3のレーベル[トゥモロー]を設立。さらに2000年にはフリッツ・ラングの無声映画「メトロポリス」(1926)に自分のオリジナル音楽をミックスし、その上映会とアルバム「Metropolis」のリリースを実現させている。また、2004年にはバスター・キートンの名作「Three
Ages」の新しいサントラをてがけ、フランスの<MK2>よりDVDがリリースされている。精力的な活動を継続するジェフ・ミルズの矛先は「メトロポリス」が良い例であるように音楽以外のほかの表現分野にも及んでいる。[パーパス・メイカー]をテーマにした写真展が1988年にロンドンで開催され、また、2001年にはバルセロナでも彼のアート・インスタレーションが展示されている。2004年にリリースされたCD・DVD「Exhibitionist」ではジェフ・ミルズのDJを堪能することができ、このミックスアルバムが長期間日本のミュージックDVDチャートにランクインしていたのも記憶に新しい。2005年にはカンヌ映画ユ公式イベントでのシネミックス・プレイ、南フランスの遺跡Pont
Du Gardでは80名のオーケストラが彼の楽曲15曲を演奏するなど、その独創的なクリエイティビティーはとどまるところを知らない勢いで広がり続けている。[2006.4月現在] |
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JULIUS
PAPP
-ジュリアス・パップ-
[2006.06.03(sat)]
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Julius
Pappは、現在のハウス・ミュージック・シーンを代表するプロデューサー兼DJのひとりだ。カナダはモントリオール出身、70年代後半のディスコ・ミュージックや80年代前半のニュー・ウェイヴを聴きながら育った世代に属する。
ラジオから流れる最先端のダンス・ミュージックの虜となり、70年代の終わり頃からレコード・ハンティングに明け暮れる少年時代を送る。80年代初頭、アメリカ西海岸、カリフォルニア州へ移住。その後、ベイエリア・サウンドのシーンの中心地であるサンフランシスコへ進出し、音楽漬けの青春の日々を過ごす。
Juliusが、初めてターンテーブルとミキサーに触れたのは85年のこと。幼い頃より収集してきたレコードを使い、ラジオやクラブで聴いたDJのテクニックを真似て、ミキシングの練習に励んだ。おそらく彼の音楽に対する情熱は相当なものだったのだろう、DJ機材を手に入れてから2年後の87年には、早くもサンフランシスコのクラブでレギュラーDJとしての活動を始めていた。当時の彼にとっての憧れの存在は、Larry
LevanやFrankie Knuckles、Tony Humphriesといった有名クラブDJたちだった。こうしたDJ界のスターたちのプレイリストやラジオで放送されたミックスショーから、多大な影響を受け、Larry
Levanたちがそうであったように、彼もまた、ディスコでもジャズでもラテンでもファンクでもロックでも、ジャンルにとらわれずにダンス・ミュージックとして優れているものは何でもターンテーブルにのせた。こうした折衷主義的なプレイ・スタイルこそが、Julius
Pappのトレードマークといえるプレイ・スタイルである。それは、DJ活動を開始した80年代から現在にいたるまでまったく変わっていない。彼がプレイする音の表情は、ダンスフロアの状態にあわせて刻々と変化する。ファンキーなレア・グルーヴからソウルフルなヴォーカル・ハウス、ディスコにジャズにヒップホップと、ヴァラエティに富んだ選曲によってダンスフロアはカラフルなグルーヴで彩られる。
また、94年頃からは、DJだけでなくプロデューサーとしての活動も開始する。音楽制作をスタートさせた当初は、アシッド・ジャズ系のダウンテンポな作品を主に手がけていた。当時のサンフランシスコでは、Mark
Farinaのマッシュルーム・ジャズが絶大な人気を誇り、レア・グルーヴ〜ジャズ・ファンク系のシーンが大いに活況を呈していたのである。クラブDJのJuliusが制作したインスト・ジャズ・スタイルの楽曲も、アンダーグラウンド・シーンで即座に注目を集め、そのユニークな音楽性に目をつけたNYの[Nervous]からシングル「Cueball」がリリースさ黷ス。その後、プロデューサーとしての方向性は、よりダンスフロア向けのトラック作品へとシフト・チェンジしてゆくようになる。そして、[Nervous]を筆頭に、[Maxi]、[Large]、[King
Street Sounds]、[Om]、[Loveslap]、[Yellow]、[Paper]、[Estereo]といった世界各地のダンス・ミュージック専門レーベルから、Julius
Pappのジャジィでソウルフルなディープ・ハウス作品が次々と発表されていった。その中には、Jay-J HernandezとのShuffle
Inc.やThe Buddy Boysといった名義での作品や、Rick PrestonとのPapp/Preston Project、Dave
WarrinとのJulius Papp & Dave Warrinというコラボレーション作品も数多く含まれる。
Juliusは、DJ活動と並行してスタジオでの作業にも際限なく没頭していった。彼にとって音楽は、すべての情熱を傾けられるものに他ならない。そして、そんなプロデューサーとしての成功は、DJとしての活動の幅も世界規模に拡大させた。サンフランシスコでのレギュラーのDJプレイの合間を縫って、イビザのPashaやロンドンのMinistry
of Sound、シンガポールのZoukなど世界中の有名クラブを飛び回り、独特の折衷主義的なプレイ・スタイルで休む暇もなく満員のダンスフロアと渡り合う多忙な日々。と同時に、[Razor
& Tie]からの『Go Deep With Julius Papp』や[Esho]からの『Esho Funi』、地元サンフランシスコの[Loveslap]からの『Loveslaped』や『Heartbeat』など、人気DJの証であるミックスCDの制作も数多く手がけ、精力的にプロデューサー兼DJとしての活動をつづけた。03年には、自らが運営するレーベル[NeoDisco
Music]をサンフランシスコに設立し、より自由な音楽制作環境での作品のリリースも開始する。それらの作品は、[NeoDisco Music]からのレーベル主宰者のJulius当人によるミックスCD『Gotta
Keep Movin'』でまとめて聴くことができる。
Julius Pappは、サンフランシスコを拠点に世界のダンス・ミュージック・シーンを駆け巡り、さらに大きく高く飛躍しようとしている。[2006.5月現在] |
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Jimpster
(Freerange/from UK)
-ジンプスター-
[2006.08.29(tue)] |
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ジンプスターことジェイミー・オデルはアーティスト、プロデューサー、DJ、リミキサーとして15年以上のキャリアを持ち、House〜Nu JazzをクロスオーバーするUKの人気レーベル[Freerange Records]のオーナーでもある。electronica/downtempoやhouseシーン、そしてジャム・バンド・シーンといったジャンルにとらわれない彼の活動は多くの音楽ファンの信頼を集めている。これまでにリリースされたJimpster名義の2枚のアルバム『Messages From The Hub』と『Domestic Science』は彼が重要なアーティストである事を認識させるのに充分なアルバムであるBそして、彼のリミキサーとしての巧みな手腕は評判を呼び、クオリティ重視の姿勢を貫くプロデューサーとしての名声も高い。最近ではEBTGのベン・ワットが「彼はフューチャー・ソウルの最重要人物であり、ビター・スィートなハウスのドン」と大絶賛。DJとしても、UK、日本、アメリカ、モスクワを始め、世界各国をツアーしている。今年のマイアミのWMCの Naked Musicのパーティでも素晴らしいプレイを聞かせた。また、彼は現在最も目が話せないインプロヴィゼーション・バンド"The Bays"のメンバーとしても知られている。2006年、ダウンテンポ、HIP HOPグルーヴやアブストラクト・ミニマル、クリック・ハウス、ディープ・ハウスなど様々なアプローチで多くのリスナーを巻き込むに足るクオリティをもっている、3枚目のアルバム『Amour』が完成した。これまで以上にヴォーカリスト、ラッパーをフィーチャーしており、それがよりこのアルバムの特異性や斬新さを感じさせる事も見逃せない。ディープなソウルを感じさせ、これまでの彼のファンはもちろんの事、より多くのリスナーを満足させる事は間違いない。[2006.8月現在] |
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JUST-ICE
-ジャスト・アイス-
[2006.11.02(thu)]
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自らをギャングスタMCと名乗った最初のラッパー、JUST-ICEはフィリアス・ファイブのメリー・メルのライブに過大な影響を受け十代初めからライムを始める。彼は1986年に[FRESH/SLEEPING BAG RECORDS]からのデビューアルバム『Back To The Old School』で「オールドスクールへ戻れ!」と誰よりも早く呼びかけながらオールドスクールに対する意識の向上を勧め、ヒップホップを新たなダイレクションへと導き、後に多くのMCが彼のスタイルをフォローした。ゴールドトゥース(金歯)を明確に打ち出し、さらにハードコアになったJUST-ICEはギャングスタMCのアイコンとなる。KRS-Oneとの交流の中でダンスホールレゲエのラガマフィンスタイルのトースティングをヒップホップに取り入れた初めてのMCとなって、マントロニクス、KRS-One、グランドマスターフラッシュのプロデュースの多数のアルバムをリリースする。鍛えぬかれた巨体が放つ変わらぬ声量は今も健在。20年越しの初来日である。[2006.10月現在] |
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JOI CARDWELL
-ジョイ・カードウェル-
[2006.11.17(fri)]
http://www.joicardwell.com/ |
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1992年からの10年間、ハウスシーンで最も人気の高いヴォーカリストの一人として君臨したJoi Cardwell。過去リリースしたシングル全てがBillboardマガジンのクラブプレイにチャートインしたという輝かしい記録を持つ彼女だが、その中でも特にヒットした作品と言えば、Satoshi Tomiie、Deep Dishをリミキサーに迎えた「Trouble」、Hex Hectorをリミキサーに迎えた「Jump For Joi」、「Soul To Bare」、そしてLil Louisとのコラボレート作「Club Lonely」、「Do U Luv Me」といった名曲の数々が残っている。近年の作品では、2004年末にUltra Nate'、Barbara Tucker、Kenny Bobien、Byron Stingily、Arnold Jarvisと共にBlazeプロデュースによるUnderground Dance Artists Unite for Lifeプロジェクトに参加し、アルバム『Keep Hope Alive』[King Street Sounds]収録の「Be Yourself」が大ヒットを記録。2005年のSTUDIO APARTMENT 『PEOPLE TO PEOPLE』にて「Love is the answer」、2006年はDAISHI DANCE 『the P.I.A.N.O. set』にて「What Really Matters」のフィーチャリングヴォーカルとして参加し、日本のダンスミュージックシーン話題作となった。[2006.11月現在] |
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JEMES MURPHY
(LCD SOUNDSYSTEM / DFA RECORDS)
-ジェイムズ・マーフィー-
[2006.12.26(tue) / 08.03.21(fri)]
http://www.dfarecords.com/
http://www.lcdsoundsystem.com/ |
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'70年ニュージャージー生まれのJamesにとって、幼少期はパンクロックこそが彼の救済者であった。Speedking(1995-97)やPony(1992-94)のようなパンクバンドを率いて音楽活動を続けてきたが、かつてのもっと楽観的だったパンクの音楽が画一化してしまったことに失望し、偶然か必然か同じ考えのもとに疎外感を感じていたTim
Goldsworthy(Mo Waxの創始者であり、UNKLEのオリジナルメンバー)と出会い、1999年にDFAを設立。The
raptureの名盤などを生み、同名義でこなしたリミックス・ワークにはGorillaz、N.E.R.D、Chemical Brothers、Tiga、SOULWAX、Goldfrappが名を連ねる。2005年には自身のアルバム『LCD
SOUNDSYSTEM』をリリースし、ミリオンセラーを成し遂げる。2007年にはニューアルバム『SOUND OF SILVER』をリリースし、Summer
Sonic 07に出演、そしてグラミー賞ノミネート。また大規模なワールドツアーを慣行し、世界各国でソールドアウトを記録。その人気と存在はシーンで絶大なものとなる。[2008.3月現在] |
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Janice Robinson
-ジャニス・ロビンソン-
[2007.12.08(sat) / 08.05.10(sat)]
http://www.myspace.com/janicerobinson |
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ジャニス・ロビンソンは光と陰、喜びと悲しみ、困難と成功といった人生の表情を音楽でフルに表現できる希有な存在だ。19歳以前からNew Kids On The BlockやSNAP等のメガヒット・メーカーとツアーを共にし、オフブロードウェイに立っていた。大学卒業後イタリアへ移住し、トップ・プロデューサーらと仕事を始める。作曲にも関わったLivin' Joy 「Dreamer」は26カ国でヒットチャート1位に輝き、彼女自身が書き歌った「Earthbeat」はStonebridgeがプロデュース、David Moralesもリミックスを提供したことで話題となったが、なんと言っても忘れてはな轤ネいのが、Joe T Vanelliと共作した「Sweetest Day of May」である。ここ日本ではDJ EMMAのヘヴィ・プレイもあって10年以上に渡るロングヒットを記録している。
NYに戻ってからは、Taylor Dane、Junior Vasquez等多くのプロデューサーと仕事をする。1stアルバム『The Color Within Me』がTina Turnerの耳に留まり、2000年のツアーでオープニングアクトとして抜擢される。Kristine WやAbigailの他、世界各国のアーティストに提供した楽曲の多くがTop10入りを果たしている。彼女のステージは他に類を見ない強い存在感をオーディエンスに与え、そのリッチなボーカルに毎回アンコールの声が鳴りやまない。彼女自身の言葉にしてジャニスは「アーティストであり母であり人道主義者。ソウルに響く音楽を世界に届けるため、アートの世界に人生を捧げた」人物だ。[2007.10月現在] |
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JOEY
NEGRO
-ジョーイ・ネグロ-
[1994.11.22(thu) / 2008.05.16(fri)]
http://www.joeynegro.com/ |
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本名、David
Lee…. Joey Negroを筆頭にJakatta、Sessomato、The Hed Boys、Doug Willis、Raven
Maize、The Sunburst BandそしてZ Factorなど数々の変名プロジェクトを成功させ、ハウスミュージックに最初にディスコサンプルを持ち込んだアーティストの一人として、世界規模で絶対的な人気を誇るDJ、プロデューサー、リミキサー。マライア・キャリー、ロイクソップ、アートフル・ドジャー、ダイアナ・ロス、ウルトラ・ナテ、ペットショップボーイズからライオネル・リッチーといったメジャーアーティストの名曲を次々とダンスフロアに送り込み、DMC、Mixmag、DJ
Magazineといった歴史あるイギリスの音楽誌のベストUK リミキサーという名誉ある賞を総なめにした経験すらある。[Defected]の『In
The House』や『Disco Spectrum』、『Jumpin』、『Nite:Life』、『The Kings of
Disco』など数々の大物DJたちが名を連ねる大人気コンピレーションシリーズをも担当した彼はハウス・ディスコサウンドのトップDJの一人と断言して間違いない。[2008.5月現在] |
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