YELLOW BOARD'S
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YELLOW BOARD'S DICTIONARY
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J JAYMZ NYLON
-ジェイムズ・ナイロン-

[2001.04.14 IRMA RECORDS JAPAN TOUR]
 
New YorkベースのDJ,プロデューサーJaymz Nylonは幼少の頃からレコードへの情熱を育む環境に恵まれ、Jaymzの父はFela KuttiやOtis Redding,Aretha Franklinといったブラックミュージックからサンバまでを3歳になるJaymzに買って来ては聞かせ、またJaymz自身もこれらのミュージックを好んで聞くようになっていった。
Jaymzが14歳になる頃には、彼がエレクトロニックミュージックに傾倒することになる切っ掛けになったドイツに住居を移すことになる。
Jaymzは17歳には大学を辞め、家のベースメントでAcid / Chicago Houseを中心としたパーティーを開催し始める。
そして1993年、彼のファーストシングルモIt all begin hereモをTribal Americaからプロデュース、リリースすることになる。
それ以降はいくつかの名義でKing Street / Nite Grooves(Tokyo & New York),Eight ball /Empire State, 3hree to 5ive, Bombay(Montreal), Velocity, Discomania(Germany), Obession Music(France),Out of the Loop(UK)といった多数のレーベルからとJaymz自身が運営していたレーベル[Nylon Recording]から音源を多数プロデュース、リリースする。
サウンドデザイナーとしてはGucci, BMW等を手がけ高い評価を得ており、またシームレスなDJセットがNew York, IbizaのManumission等からもワールドワイドな高い評価を得ている。
そして幾つかの有力なファッション、ミュージックマガジンに掲載されそこでも以下に挙げるように高い評価を得ている。

"Jaymz Nylon's Living Digital project is so f++king deep you could drown in the mutha."
-----Terry Farley Muzik Magazine(U.K.)

"Nylon, the dishy Nubian and star in the making."-----June Joseph Paper Magazine.

"Nylosphere, It's American House, a tough one to suit Garage sets or the harder twisted tribal vibe."-----DJ Magazine.
Jaymzの現在のプロダクションスタイルは、決して流行を追うものではない。
しかし彼が生み出す音の数々は私達の生活のサウンドトラックとして機能する。
First full length album"AFROTECH" (IRMA UNLIMITED)
First single"New York je t'adore / Nylito's way"(IRMA UNLIMITED)
Upcoming single with remixes by Recloose, Swingsett & J.Warrin, Zeb and Hijack.
  Jean Philippe Aviance
-ジャン フィリップ アヴィエンス-

(ALCATRAZ / Washinton D.C.)
[98.4.29.(tue) "CODE718 featuring ALCATRAZ by Jean-Phillipe Aviance"]
 
ALCATRAZで有名なJean-Philippe Avianceは、パリ、ロンドン、ワシントンD.C.において、レギュラーで活動しているDJ/プロデューサーである。そのプロデュース作品は、ボーカル
ものからハードなハウスサウンドまでカバーするテクノ/ハウスといったジャンルをうまくリミックスしたプログレッシブなものであり、その姿勢はDJとしてのスタイルにも反映されている。
この2年間でDaphne/I found it(USビルボードチャート1位)、Lovetrive/Stand Up(USビルボードチャート1位)、Appollo 440/Kruppa(ミックスマグ誌&ミュージック・マガジン誌のチャート5位 )等のリミックスやALCATRAZ名義で、Giv me luv(USビルボードチャート2位 。UKオフィシャル・ナショナル・ポップチャート10枚)他、数多くの作品をリリースし、一躍トップ・プロデューサーとして有名になり現在、2枚のアルバムを製作中。DJ活動ではパリとワシントンD.C.でレジデンツを努めるパーティーを持ち毎月、Kevin Avianceと共に"house of aviance"というPartyを行っている他、USやUKにてゲストDJとして活躍中。
  JEROME SYDENHAM
-ジェローム・シデナム-

(IBADAN RECORDS/N.Y.)
[2001.01.13(sat) / 01.06.29(fri) / 02.01.19(sat) / 02.08.17(sat) / 02.12.31 (tue) / 03.07.05(sat) / 05.09.18(mon) / 07.09.23(sun)]
http://www.ibadanrecords.com/
 
NYを拠点に活動するDJ、プロデューサー。1998年、出身地であるナイジェリアの一都市"IBADAN"をレーベル名とし設立した[Ibadan Records]のオーナー。アフロ・ビートの帝王Fela Kutiの祖国ナイジェリアで生まれ育ち、"シュライン"にてFela Kutiの壮絶なライブを幾度も体験。その凄まじいばかりのアフロ・ビートに決定的影響を受ける。他にも、ブラジリアン、ラテン、レゲエ、NYダンス・クラシックス等、音楽的に幅広い影響を受け、自らも音楽制作を開始。[Ibadan Records]からKerri Chandlerと共作で「See Line Woman」、「Espirito Du Tempo」、「Saudacao Aos Orixas」等の傑作シングルを発表し、その後、アルバム『Satruday』を発表。プロデューサーとして絶大な評価を得る。また、[Ibadan Records]はJoe Claussellのレーベル[Spiritual Life Music]と並び、最もディープ且つスピリチュアルなレーベルとして絶大な人気を誇っている。
2001年にはSPACE LAB YELLOWのオープン10周年を記念したアルバム『PHASE 1』を発表し、現在まで同シリーズVol.4までリリースし、幅広い選曲で好評を得ている。2003年以降は、よりエッジの効いた音楽性を追求したPan African Electro 10インチ・シリーズを開始。その第3弾としてリリースされた「Sandcastles」、「Timbuktu」はあらゆるジャンルのDJ達から絶賛され、現在でも Francois K.、Timmy Regisford、Jeff Mills、Carl Craig、Pete Hellerを始めとするDJ達によってヘヴィ−プレイされ続けている。その後、ストックホルム在住の注目のプロデューサーMikael Nordgrenと共作した「Stockholm Go Bang!」を発表。ヨーロッパ中で大ヒットを記録し、大絶賛されている。
「Sandcastles」以降も、2007年に手掛けたCopyright 「He Is」[Defected]、Julien Jabre 「Swimming Places」[Defected]のリミックス等も人気が高く、テックハウス、テクノ、エレクトロニカ、クラシックハウスまでジャンルの壁を越えなんなくブレンドしてしまうセンスの良さは秀逸で、リミックスワークの依頼も多い。今年になってからも、Faze Action 「In the Trees」[Juno Records]、Len Faki 「Rainbow Delta」[OstGut]、Argy 「1985」[Liebe Detail]、Solaris Heights 「Vice」[Renaissance Records]等が立て続けにリリースされ話題となっている他、現在、Marc RomboyやHybrid、C-RockのユニットMotorcitysoulのリミックスを手掛けている。
2007年、デンマークのプロデューサーRune RKをパートナーに迎え設立した[Avocado records]からは「Elephant」をリリース。また、ドイツベースの[Apotek Records]も設立し、Nagano Kitchen 「Asama」をリリース。今年8月に発表されたニュー・アルバム『Nagano Kitchen』は日本人プロデューサー"HIDEO KOBAYASHI"と制作したテック・ハウス〜テクノに挑んだアルバムで、これからの彼の新しいスタイルを象徴するサウンドとなっている。日本ではSTUDIO APARTMENTが設立したニューレーベル[Apt. International]からリリース。
現在は、イバダンからイメージされるディープでアフロブラジリアンなハウスだけでなく、Sandcastles以降の作品スタイルと通じるテクノ、テックハウスを取り入れたディープ・テックなプレイスタイルで、ドイツフランクフルトのCocoonやベルリンのBerghain、ロンドンのEBM@Eggなどに招かれている。グローバルな感性で常にハイ・クオリティーな音楽を求めて活動してきた彼の鋭い感性は、時代の最先端に向けられ、DJプレイにおいても常にフレッシュなサウンドを届けてくれる希有なDJだ。[2007.9月現在]
  JOHN DIGWEED
-ジョン ディグウィード-

[2001.06.23(sat) / 03.11.23(sun) / 04.11.22(mon) / 06.04.28(fri) / 07.10.26(fri)]
http://www.johndigweed.com/
http://www.bedrock.uk.net/
 
イギリス出身のジョン・ディグウィードは10年以上前からイギリスだけでなくグローバルダンスシーンに多大な貢献をしてきた。初のDJ MIX COMPILATION(Sashaと共にリリースしたRenaissanceシリーズ)、世界的なNYのクラブでレジデントDJとなった初のイギリス人DJ(TWILO)、ダニー・テナグリア、クインシー・ジョーンズ、アンダーワールド、ニューオーダーといったビッグアーティストの作品のリミックスなど、その功績には枚挙にいとまがない。
ここ数年は影響を受けた音楽や自らのルーツにフォーカスを当てるMIX CDシリーズ『THE CHOICE』や実験的なコンピレーション『FABRIC LIVE』を担当しシーンを驚かせた。最新CD『Transitions Vol.3』はDISC1がディグウィード本人が全曲エディットしたMIX CD、DISC2はBedrockの新曲(なんと25分の長さ)が映像とともに収録されたCD-ROMという斬新的な2枚組。2005年には4度目の来日にして初めてSASHAと共にプレイ、日本のダンスミュージックシーンに新たな1ページを加えた。
アシッドハウスが芽吹き始めた地元イギリスのヘイスティングでジョン・ディグウィードは15歳の頃からクラブに通い始め、ダンスミュージックに魅せられていく。そしてパーティのオーガナイザーとして、DJとして、クリエイターとして活動。2001年、英『DJ』誌の人気ランキング”100 TOP DJ'S”で読者からの投票により1位に選ばれるという形でトップを極める。現在も例年トップ10入りをキープし続けているほか、世界各地のDJアワードやランキングに頻繁に登場。
ディグウィードの代名詞Bedrockはイベントのタイトル、レコードレーベル、そしてスタジオでのパートナー、ニック・ムーアとのプロダクションユニット名という3つの意味を持つ。世界中から寄せられる数多くのデモテープの中からジョン・ディグウィードが選び[Bedrock]からリリースされる楽曲は「Bedrock」というブランドによってクオリティの高さ、本物のサウンドであることを保障される。Bedrockがサポートしたことによって成功したアーティストにはダニー・ハウエルズ、ジミー・ヴァン・M、クリス・フォーティエ、ルーク・フェアらがいる。
またジョン・ディグウィードという名前そのものがこうしたクオリティの確実さの代名詞にもなっていると言っても過言ではない。彼がこれまでにレジデントとして貢献したパーティ・RENAISSANCE、NORTHERN EXPOSURE、Bedrockの成功、そしてシーンを牽引するMIX CDシリーズ『RENAISSACE』『GLOBAL UNDERGROUND』『NORTHERN EXPOSURE』『COMMUNICATE』『MMII』などでの起用回数も数えきれない。
ニック・ムーアとのユニットBedrockとしてはシングル「Heaven Scent」と映画『トレインスポッティング』に挿入された「For What you Dreamed of」の2曲がTOP40にチャートイン。またMTVのアニメシリーズ『スパイダーマン』(2004)とハリウッド映画『Star Raving Mad』(2005)のサントラを担当。
KISS 100でのディグウィードのラジオショー『Transitions』は最新のダンスミュージックと世界の注目DJによるMIXを放送する内容で既にスタートから6年を数える。インターネットラジオやポッドキャストでも配信中で世界各地でダウンロードされたこの番組がCDやMP3で交換されるほどのカルト的な人気を得ている。[Renaissance]からリリースされている同タイトルのMix CDシリーズはこの番組と連動したプロジェクトで、今年第3弾を発表。[2007.10月現在]
  JOAQUIN "joe" CLAUSSELL
-ホアキン・ジョウ・クロウゼル-

(Sacred Rhythm/NY)
[1994.12.17(sat) / 12.24(sat) / 96.11.03(sun) / 97.11.15(sat) / 98.12.11(fri) / 12.16(wed) / 99.05.12(wed) / 06.22.(sat) / 2002.06.21(fri) / 07.04(thu) / 03.09.06(sat) / 10.17(fri) / 10.22(wed) / 04.10.23(sat) / 06.12.16(sat) / 07.12.29(sat) / 08.04.05(sat)]
www.sacredrhythmmusic.net
 
NY随一のダンスミュージック専門レコード店「Dance Tracks」の若き経営者であった、ブルックリン出身のJoe Claussellが、本格的にアンダーグラウンドハウスシーンに頭角を現わすのは、90年代初頭に立ち上げたレーベル[Jungle Sounds]より発表されたInstant House名義での一連のカルトヒット作「Over」、「Awade」、「Lost Horizon」のプロデュースを通じてであった。96年にはInstant Houseのディープなトライバルサウンドのコンセプトをさらに進展させ、アフリカン、ブラジリアン、ジャズ、ロック等全ての要素を感じさせる生楽器の普遍的かつスピリチュアルなグルーヴに重きを置くレーベル[Spiritual Life Music]を設立。純粋に音楽その物と向き合うその一貫した方向性は、ハウスシーンのみならずジャンルの枠を超えて高く評価され、African Jazz 「Stubborn Problems」、Ten City 「Nothing's Changed」、Jephte Guillaume 「Voyage of Dreams」や「Lakou-A」、 「The Prayer」、そしてSlam Mode、Mateo & Matos、Blaze等による諸作品は、何れもクラブクラシックスとなっている。01年には、Spiritual Life Musicの活動を総括したCD2枚組のコンピレ−ションアルバム『Spiritual Life Music』もリリースされている。
[Spiritual Life Music]の設立と同じ年にVinylでのBody & soulもスタート。Francois Kevorkian、Danny Krivitという大ベテランと共にDJブースに立っていた。この達人級の腕前を持つDJ達が、日曜日の午後にジャンルや年代を超越したプレイを繰り広げ、NYのクラブシーンを代表するパーティとして認知され、世界中のダンスミュージック愛好家からの注目を集める結果となった。ここ日本でも4年連続でゴールデンウィークに開催されているBody & soul in Tokyoも毎年大成功。DJプレイを通じて、音楽に託したメッセージを操り、ダンスフロアへBody & soulの魂の伝達を試みる、そうした彼のディープでシリアスなDJスタイルは、多くの人々から熱烈に支持されている。
D-Note、Mondo Grosso、TPO、Mutabaruka、そしてHerbie Hancock、Femi Kuti、Tokyo Ska Paradise Orchestra、Calyn、Ananda Project、Chaka Khan、Mental Remedy、Monday Michiru、Cesaria Evora、Toni Braxton、Ronny Jordan、Nitin Sawhney、Nina Simone、Cassandra Wilson、Salif Keita、Diana Ross、Misia、Louie Vega (Elements of Life)、Double Exposure (My Love Is Free)、Clark Terry、Ustad Sultan Khan、Pat Methenyといったアーティストの楽曲等、リミキサーとして関わった傑作にはいとまがない。Kerri Chandlerとの連名で「Escaravos de Jo」を発表したJerome Sydenhamの[Ibadan Recordings]より、ソロアルバム『Language』をリリース。また、[King Street Sounds/Nite Grooves]からは、独特の芸術性に貫かれたDJプレイをダイレクトに収録した2枚組ミックスCD 『Mix The Vibe: Over 140 Minutes of Spiritual Journey』を、又イギリスのBBEから『Music....... A Reason to Celebrate』を発表している。これらの作品もそれぞれ高い評価を受け、大ヒットした事は言うまでも無い。昨年からNYでSacred RhythmというパーティをクラブLoveで行なっており、素晴らしいサウンドシステムと共に、最もプログレッシブでユニーク、そしてアーティスティックなパーティとして話題になっている。2006年2月には、ハウス、テクノ、そして音楽そのものの新境地を開拓した、スピリチュアルかつスペイシーなミックスCD 『Translate』をリリース。
2006年から2007年にかけては、Manuel Gottching 「Deeper Distance And Ain't No Time For Tears」、Juzu a.k.a DJ Moochy 「Lugar Precioso」、Ame 「REJ」、Joi 「Gentle Rain」、Miles Davis 「Bitches Brew」、Misia 「Shinin」等のリミックスを手掛けている。プロダクション作品としては、Ustad Sultan Khanのアルバム 『Universal Love』、Shaun Kuti 「African Freedom」の12インチ、ミックス CD 『Translate Part Two』、Bayara Citizen、Mental Remedyのアルバム、『Music Is A Reason To Celebrate CD Part Two』などがリリースされる予定で、また、FK and Uroy 「Roots man」、Steve Reich 「Six Pianos」、Bob Holdroyd 「African Drug and Hollow Man」、Nina Simone 「Taste」、Pink Floyd 「Breath」などの12インチのリミックスも控えている。そして、2007年には、Mental RemedyとUnchained Rhythums Bandを伴っての日本ツアーを行う予定である。
ダンスミュージック業界で、ミュージシャン、DJ、そしてアートと3つの才能に長け、その全てをクリエイティブに、そして情熱をもって取り組む天才もめずらしい。彼は音楽をあやつる建築家であり、芸術のリーダーなのだ。[2006.12月現在]
  JOEY LLANOS
-ジョーイ ヤノス-(from N.Y.)

[92.5.16.(sat) 23.(sat) 30(sat) 96.9.6.(fri)7.(sat) "BLAST!" 98.7.18.(sat) "Joey Llanos Japan Tour 98"]
 
今や伝説のクラブ『PARADISE GARAGE』で、"LARRY LEVAN"から、熱烈なラブコールを受けて、DJを始めたのだが、1984年以降、クローズ迄の3年間、ガラージュ モンスター サウンドを操り、ファンを魅了。
88年から、ガラージュのフィーリングを再現すべくオープンした、『THE CHOICE』で、その看板DJとして、ブラックで、かつ、アンダーグラウンドであるグルーヴィーな、JOEY SOUNDは、クラブの成功と共に、彼の地位を不動にした。
現在は、"ROBERT OWENS" "RICHARD VASQUEZ" "ROMAN RICARDO"と共に、土曜日のみのワンオフ パーティー『THE CIRCLE』で、DJ-ing。又、『WORLD』『RED ZONE』『WILD PITCH』
『SOUND FACTORY』などで、ゲストDJとして、プレイしている。
KEN CARPENTER -ケン・カーペンター- (N.Y.) (94年現在)
[92.8.20.(thu) 22.(sat) 27.(thu) 93.5.15.(sat) 22.(sat) 94.9.17.(sat)]

N.Y.市ブルックリン生まれ、在住のリアル ニューヨーカー。
最新の物からクラシックスまで、ハッピーで、ダンシン オールナイトさせてくれるベテラン中のベテランでまさに "ザ・プロフェッショナル"。

70年代後期から "STUDIO-54" "BETTER DAYS" "BOND-INTERNATIONAL" "LOVE-LIGHT" など、全盛期の代表的クラブで活躍していたビッグネームの DJ。
一時、クラブシーンから遠ざかっていたが、カムバック後の "ZANZI-BAR" "WILD PITCH PARTY" で見事に復活。現在、毎週土曜深夜の "WBLS-FM" が誇る人気番組も手掛けており、すでに "KISS-FM" の Tony Hunphries の人気を脅かす勢いである。
また、アンダーグラウンドヒットとなった STRUFF の "SET IT OFF" をはじめとしたスタジオワークにも精通 している。
Bonds International , Studio54 , Better Days , The Love Light などで C&C Music Factory の Robert Cliville や Tee Scott , Francois K. 等と現在の N.Y. スタイルのクラブ・シーンの基礎を築き上げ、現在活動中の DJ、プロデューサーの中でも彼を師と仰ぐ者は、少なくない。

N.Y.は勿論、世界中のクラブ、ラジオショウでゲスト DJ として活躍中。
  JOCELYN BROWN
-ジョセリン・ブラウン-

[1998.09.09.WED./1999.05.01.SAT.]
 
1970年代後半よりサルソウル・レーベルよりデビューしたグループ、インナー・ライフのリード・ヴォーカリストとして活動を開始。そのパワフルなヴォーカル・パフォーマンスによって歌われる曲は、全てダンス・クラッシクスの名曲となっている。代表作として"Ain't No Mountain High Enough"、"Make It Last Forever"、"Moments Of My Life"、"I Like It Like That"、"Caught Up(In One Night Love Affair)"等があげられる。
ソロ活動を開始以後も"Somebody Else's Guy"、"I Wish You Would"、"Love's Gonna Get You"といった驚異的大ヒット曲を連発。90年代に入ってからも衰えをしらず、UKの人気グループIncognitoの"Always There"を大ヒットさせている。
そして'97年、クラブシーンに留まらないヒットを記録したMasters At Workのプロジェクト"NUYORICAN SOUL"の名曲"It's Alright,I Feel It"を熱唱し、またしても多くのファンを感動させている。

彼女はライブパフォーマンスにおいても、その圧倒的な歌唱力によって数々の伝説を残しているが、ここ数年大ヒット続きにも関わらず来日がなく幻のシンガーであったが、'98年9月に開催されたWORLD CONNECTION 10周年記念パーティーで20年ぶりのステージを披露したのだ。
ダンスフロアは感動のあまり落涙する人があふれ、ショウ後は言葉なく立ち尽くすクラウドでシーンとした静寂がYELLOWを包んだ。過去にこれほどの感動を与えてくれたシンガーは独りとして居ない。

  JOHN KELLY
-ジョン・ケリー-

[201.02.16(FRI)/2002.3.30(SAT)/2003.10.31(FRI)]
djjohnkelly.com
 
リバプールを中心に現在UKの中でも最もクラブシーンが熱いとされるイギリス北西部のダンスシーンの育成に多大な功績を残した張本人。15年以上のキャリアを持ちもはや今ではそのシーンの中でもカリスマティックな存在として業界内でも一目置かれているDJ/プロデュ−サ−である。
アップリフティングでファンキーなハウスやトランスを垣根なくクロスオーヴァーさせプレイするスタイルは世界最高峰のパーティーDJとしての才能を確実にエクスペリエンスさせてくれることだろう。現在、CREAM、GATECRASHER、GOD'S KITCHEN、SLINKYなどイギリス最大のクラブパーティではすべてレギュラーに名を重ねている。
2000年夏はスペイン・イビザ島でのゲートクラッシャーでのレジデンシーを大成功させ、2001年には世界最大のクラブ、PRIVILEDGEで毎週月曜に開催されているイビザの名物イベント「マニュミッション」のレジデントDJとしてDJアルフレドと共に延べ15万人の快楽主義者を享楽の世界へと導いていった。
2002年の夏も「マニュミッション」でのレジデントDJとしての参加が決まっている。
これまでにも数多くのDJミックス・コンピレ−ションを発表しているほか、ツア−日記などが読める自身のホ−ムペ−ジdjjohnkelly.comでは限定版のミックスCDが購入できるので要チェック。
プロダクション・ワークとしてはJUDGE JULESと共にStix &Stonedの"Outrageous"というトラックをUK TOP30に送り込んでいる。パリのラジオ局"RADIO FG"においてウィークリーでトランスの番組を担当するなど、40歳を迎えたリバプールのカリスマの勢いはますますとどまることを知らない。[KOJI/cream japan]
  JAZZANOVA
-ジャザノヴァ-

[2002.05.18.(sat) / 2002.11.08.(fri) / 2003.08.22.(fri) / 2004.06.25(fri) / 2005.04.02(sat)]
http://www.jazzanova.de
 

DJ Jugen(ユルゲン)

Claas(クラアス)

DJ Alexander Barck(アレキサンダー・バーグ)
名前の由来は「JAZZ(ジャズ)」と「BOSSA NOVA(ボッサ・ノヴァ)」。メンバーは、ハンブルグとミュンヘン出身の3人のDJと3人のミュージシャン(2つのグループ)。ベルリンを拠点として当初はDJチームとして活動をスタートしている。DJ Jugen(ユルゲン)+ Alexander(アレックス)+ Claas(クラアス)+ Extended Spirit のStefan(ステファン)+ Axel(アクセル)+ Kosma のRowsko(ロスコ)の6名からなる今や音楽好きにはマスト・チェックのプロデューサー集団。

1995年、クラブ・ジャズ・シーンにJazzanovaは突如出現。1998年にCOMPOSTと連携しJCR(JAZZANOVA COMPOST RECORDS)を傘下に設立。1998年に発表した「Caravelle」はUKMusik誌の、「Fedime's Flight」はStraight no Chaser誌のそれぞれ年間ベスト・ディスクに選出され、JCR設立後わずか1年の内に揺るぎない支持と評価を手中に収めた。
COMPOSTの最重要アーティスト。そして今のダンス・ミュージック・シーンにとっても最重要アーティストである事は言うまでもない。

50'sジャズからラテン、ドラムンベースに至る斬新なサウンドを、時代やジャンルを問わずに優美なミックス・テクニックで繋ぎ合わせ、縦横無尽にクロスオーバー。ディープ・ジャズからアップ・テンポのサンバまで、モダン・ビートを徹底的に追求した幅広く洗練されたサウンドを放つ。
その評判は瞬く間に世界中のクラブ・ミュージック・シーンを駆け抜け、これまでにロイ・デイヴィスJr、UFO、4Hero、イアン・プーリーといったトップ・アーティストたちのリミックスを手掛けている。さらに、エクステンデッド・スピリット、kosmaといった名義でも作品を発表している。[2005.3月現在]
  JOSE PADILLA
(IBIZA/SPAIN)
-ホセ・パディーヤ-

[2002.06.22(sat) / 2004.04.28(wed) / 2005.05.03(tue)]
 
1955年バルセロナ生まれ。若くしてクラブDJとなりバルセロナで活動をしていたが、都会の喧騒が嫌になり20才頃、イビサ島へ渡る。当時からイビサでもウェイターなどをやりながらDJ活動を続けていた。この間10数年のDJのスタイルは、ハウス。PachaやKu(現在のPrivillege)といったクラブでDJ PIPPI、ALFREDOらとともに、'70年代、'80年代の初期イビサ黄金時代を牽引する。
その後'90年代に入り単調な毎日に疲れ、DJ活動を休止。しばしの休息の後、イビサで最も有名なバー、CAFE DEL MARのオーナーに誘われ再びDJ活動を再スタート。ジャンルを超えた彼のセンス良い選曲が人気を呼び、'94年にバーの名前を冠したコンピレーション・アルバム『Cafe Del Mar Volumen Uno』をリリース。瞬く間に彼の名は世界に知られることとなった。翌'95年には『Cafe Del Mar Volumen Dos』、'96年には『Cafe Del Mar Volumen Tres』と年を追う毎にその人気は大きくなっていく。'97年に『Cafe Del Mar Volumen Cuatro』をリリース。'98年にはシリーズ第5弾『Cafe Del Mar Volumen Cinco』と念願の初のソロ・アルバム『SOUVENIR』をリリースし順風満帆に見えたが、あまりに有名になり過ぎたCAFE DEL MARを離れ別のバーでのDJを開始し、アルバムの監修も'99年の『Cafe Del Mar Volumen Seis』が最後となるが、昨年の夏にホセのコンパイルにより発売されたカフェ・デル・マ−のベスト盤はヨ−ロッパで30万枚のセ−ルスを記録しゴ−ルドディスクを獲得した。その後も場所を替え、現在もイビサのトップDJとして活動を続けている。
あのマドンナも「私の愛聴盤」としてホセ・パディーヤの名前を挙げ、アメリカでは彼女のレーベル、マーヴェリックと契約。
2001年ソロ第2弾アルバム『ナヴィゲーター』を発表し、シールと元ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズのエンデイア・ダヴェンポートが参加し大きな話題を呼んだ。さらに2002年には映画「イビサ・ドリーム」のサウンド・トラックを監修。現在も世界中からラヴ・コ−ルが絶えないホセであるが、最近はキューバに傾倒中。
2004年、久々に監修をした『Best Of Cafe Del Mar』は世界中でゴールドディスクを獲得し、Cafe Del Mar=ホセ・パディーヤとその存在感を強くアピールしている。
現在では新たなコンピレーション『BELLA MUSICA』のプロジェクトを立ち上げるなど、チルアウトのカリスマの勢いはとどまることがない。[2005.4月現在]
  JAH SHAKA
-ジャー・シャカ-

['02.08.24.(SAT)]
 
ジャマイカに生まれ、8才で両親とUKに移住。 '60年代後半、ラスタファリのスピリチャルとアンジェラ・ディヴィス等、米国の公民権運動のコンシャスに影響を受け、サウンド・システムを開始、各地を巡回する。 ズールー王シャカの名と、旧約聖書のJAHOVER(エホバ)から由来をとったJAHを自らの名に冠し、独自のサウンド・システムを創造、'70年代後半にはCOXSON、FATMANと共にUKの3大サウンド・システムとなる。 '80年に自己のジャー・シャカ・レーベルを設立以来、『COMMANDMENTS OF DUB』シリーズを始め、数多くのダブ/ルーツ・レゲエ作品を発表、超越的なスタジオ・ワークを継続する。30年以上の歴史に培われた独自のサウンドシステムは、大音響で胸を直撃する重低音と聴覚を刺激する高音、更にはサイレンやシンドラムを駆使した音の洪水!! スピリチュアルな儀式とでも呼ぶべきジャー・シャカ・サウンドシステムは生きる伝説となり、あらゆる音楽ファンからワールドワイドに、熱狂的支持を集めている。 heavyweight,dubwise steppersなシャカ・サウンドのソースはエクスクルーシヴなダブ・プレート。 セレクター/DJ/MC等、サウンド・システムが分業化する中、シャカはオールマイティーに、ひたすら孤高を貫いている。まさに"A WAY OF LIFE "!
  JURYMAN(a.k.a.Ian Simmons)
-ジュリイマン-

[2003.01.31(fri)]
 
かつてロンドンから沸き上がり世界を席巻したAcid Jazzムーブメントの中心において、シーンに絶大なる支持を受けていたバンドSANDALS。残念ながらこのバンドは4年という僅かな時間で数枚のアルバムを世に残し、衝撃的にその幕を閉じたが、解散から5年たった今なお伝説のバンドとして高い評価を得ている。
そのSANDALSのベーシストであり中心メンバーのIan Simmonsが、ソロでの音楽活動を本格的に始動SSRよりJuryman名義でリリースされた先のアルバム"The Hill"はロングセラーとなった。またK7よりIan Simmons名義でのアルバムなどをリリースし、Clubシーンのみならずラウンジサイドより絶大な評価を受け、各地で好調なセールスを記録している。また世界の著名アーティストのREMIXも数多く携わる。
また2001年には来日し日本全国6カ所でツアーを敢行。2002年にはFreemanのリミックスを手掛け、新ユニットwiseintimeも始動するなど活躍の場を広げている。さらに今回Juryman名義の2枚目となるアルバムをリリースし、ヨーロッパでツアーも積極的に行っている。
  Jazztronik
-ジャズトロニック-

http://www.jazztronik.com/main.html
 
"Jazztronik"とは、野崎良太のソロプロジェクトである。1998年、インディーズのFlower recordsより2枚のアルバム、2枚のミニアルバムをリリース。2001年、イギリスのレーベルCounterpointよりアルバム『Inner Flight』をリリース。2003年、Flower recordsから"SET FREE"をリリースしその2ヶ月後に徳間ジャパンコミュニケーションズからメジャー進出第一弾ミニアルバム『Horizon』をリリース。2004年2月、最新アルバム『七色』をリリース。外資系CDショップでは最高チャート1位を獲得。同年11月、ジャンルを超え、時代をも超えるJazztronik第2期のnまりを予感をさせるニューマキシシングル「MADRUGADA/TIGER EYES」をリリースする。2005年2月、初のJazztronik Night Sideをそのまま味わえるNon-Stop Mix CD『JAZZTRONICA!!』をリリース。また、同月23日にはFlower recordsよりアルバム『Nu Balance』をリリース。新しく生まれ変わった楽曲も含む、Jazztronikの過去から現在に至るまでの進化の過程が堪能できる珠玉の一枚が蘇った。8月31日、最新アルバム『CANNIBAL ROCK』をリリース。また、さらにもう1枚のオリジナル・アルバム『en:Code』の発売を年内に控えている。さらなる飛躍が期待され飩azztronik=野崎良太は間違いなくシーンに新たな旋風を巻き起こすだろう。[2005.12月現在]
  JAMES HARDWAY
-ジェイムス・ハーダウェイ-

[2003.07.18.fri.]
www.jameshardway.com/
 
TECHNOVA、BLOOD SUGAR(ANDREW WEAWTHERALLとの双頭ユニット)名義でも活躍するJAMES HARDWAYことDEVID HARROW。1980年代後半よりJAH WOBBLE、PsychiTV、LEE PERRY、ON-Uのアーティスト達と様々なコラボレーションを行い、1994年TECHNOVA名義で"TRANTRIC STEPS"を、翌年"TRANSCIENCE"をいずれもANDREW WEATHERALLのSABRESからリリース、さらにBLOOD SUGARとしてWEATHERALLと独創的なコラボレーションも実現。その後、JAMES HARDWAY名義でDRUM'N'BASSへアプローチ、HARROWの提案するライブ感溢れるジャズ風味のドラムンベースで世界中をツアーで廻り、様々な音楽、文化を吸収し、3年間で3枚のアルバムを発表、うるさ方をも唸らせた。約2年振りとなる新作でも、トライバルで濃厚なアフロ・キューバ調に、トリッキーなダブ・サウンドが絶妙にブレンドされた魅惑的なクラブ・ジャズ/クロスオーバーチューンサウンドで鉄壁の職人芸を聴かせてくれる。[2003.MAY現在]
  Juzu a.k.a. Moochy
-ジュズ/ムーチィ-

[1999-2000: FOREST]
http://www.nxs.jp/
 
東京新宿出身。スケートボード、クラブ、アシッドなどストリートカルチャーの洗礼を十代から浴びた第一世代。彼等にとってハードコア、オルタナティブ、アバンギャルド、ヒップホップ、レゲエ、ジャズ、ハウス、テクノなどは全て並列な存在であり、それを物語るように13才の時ギターとターンテーブルを手に入れ、グラインドコアのバンドとDJの音楽活動を並行して始める。19才の時に結成した3ピースのへヴィ・ジャンク・バンド"EVILPOWERSME"(VoとGTRを担当)の楽曲は、メタリカのジャケット等を手懸け、スケーターの中では著名なイラストレーター、パスヘッドのレーベル[BACTERIA SOUR]のオムニバス・アルバムに収録され海外でも紹介される。
DJとしては90年代初頭、今や伝説化したパーティRHYTHM FREAKS(3DJ+2MC+サウンドシステムというセット)のオーガナイズ及びレジデントDJとして一世を風靡する。その頃出廻ったMIXテープはクラバーやDJのみならずミュージシャンやジャーナリストからも大きな反響を呼び、バッファロー・ドーター、ボアダムス等のリミックスを行う事となる。その後は、巨大なレイブからアンダーグランドなパーティまで 〜 RAINBOW2000、 FUJI ROCK FESTIVAL、METAMORPHOSE、EQUINOX、LIFE FORCE、OVA、OUT PUT等で活躍。海外ではアメリカ、オーストラリア、オースト潟A、クロアチア、インド等でDJを行う。
90年代の終わりから打ち込みでのトラック・メイキングを始め、トラック・カルチャーの一旦として音源ソースを[SOUND-CHANNEL]等様々なレーベルからリリースする。その一方で楽器演奏をメインとしたバンド"NXS"のリーダーとしても活動を展開、その楽曲は海外でも評判を呼び、ジョー・クラウゼルのレーベル[NATURAL RESOURCE]からも「SLEEPER」(KUNIYUKI RMX)がオリジナルの楽曲と共にシングルとしてリリースされる。
インドネシア、アフリカ、ブラジルなどの旅からインスパイアされ、2003年から福岡に移住。その後もNXSでのライブや国内外でのDJ活動のペースを緩める事無く活動。2005年には6月にはキューバに単身乗り込み録音し、アレンジ、ミックスをすべて独りでこなしたアルバム"MOMENTOS"がリリースされ、全国をツアーした。DJ、バンド活動、プログラミング、 エンジニアリング、パーティーオーガナイズまでをもこなす 、音楽に対し貪欲で雑多、雑食なミュージシャン。[2005.10月現在]
  Justin Robertson
(Lionrock/ORIGINAL "SPICE" RESIDENT DJ/U.K.)
-ジャスティン・ロバートソン/ライオンロック-

[2000.10.20.(fri)/2001.10.12.(fri)/2003.08.15.(fri)]
 
UKダンスミュ−ジックのル−ツ、マンチェスタ−のクラブHACIENDA(ハシエンダ)レジデントDJ。
2000年10月CREAM IN TOKYOの記念すべきオ−プニングDJとしてクラウドの度肝を抜いて以来、この2年半で3回も来日しているのはその人気を裏付けるものだろう。DJとして、プロデュ−サ−として、そして時にはポップ・スタ−としての顔も持つジャスティンのプロフィ−ルを記すのはそう簡単な作業ではない…
時代は遡り'90年、HACIENDAクロ−ズの後マンチェスタ−のバレアリック・サンデイ・クラブ、SPICEを自らオ−プン、さらにクラブSHOOMのレジデンシ−でのプレイはしばしばアシッド・ハウスの重要な歴史の1ペ−ジとして今でも多くが語られている。 このアンダ−グラウンドでの大成功は、若きケミカル・ブラザ−スがよく通い、デヴィット・ホルメスがイングランドで初めてDJをしたイベント、MOST EXCELLENTに継承され、より大きなうねりを作っていくことになる。ここでの彼のタ−ンテ−ブル・スキルは今では伝説として語り継がれている程だ。また、カ−ティス・メイフィ−ルド、ラリ−・レバン、ヒップ・ホップ、ノ−ザン・ソウルなどといった、どちらかといえばホ−ムリスニング用のトラックと少しばかりのお酒をブレンドさせた新しいタイプのバックル−ム・クラブ・イベント、THE REBELLIOUS JUKEBOXは後のHEAVENLYのSUNDAY SOCIALの原型となったのは有名な話である。
UKのクラブシ−ンのパイオニアとして充分すぎる功績を残したジャスティンは現在もUKのBUGGED OUT! を起点に精力的に活動を続ける。クリ−ムではメインストリ−ムなダンスミュ−ジックを、リ−ズのクラブBasicsではソウルフルなハウスを、そしてある時にはデイヴ・エンジェルと共にジャ−マン・テクノを、あらゆるクラブサウンドを自在に使い分けプレイすることができる数少ないDJの一人だ。そして彼のプレイはニュ−ヨ−クからアルゼンチン、ヨ−ロッパ諸国に至る世界中のクラバ−に伝説が過去のものではないことを十分に伝えている。1万を越すフェスティバルであろうと、500人規模の小さなクラブであろうと、ジャスティンのオリジナルなハウスとテクノのミクスチャ−はその場にいるものを必ずロックさせてしまうのだ。
昨年、数々に及ぶキラ−DJセットを披露したきたジャスティンはBUGGED OUT! のコンピレ−ション用のDJミックスを依頼される。タフでファンキ−なアンダ−グラウンドではあるがアクセスの可能な極上のミックスを絶妙のハウスとテクノのブレンドで表現した。これが各方面で絶賛され、DISTINCTIVEからのNEW DJ ミックスシリ−ズIMPRINTの第1弾はジャスティンに白羽の矢が立った。当然のごとく「ニュ−スク−ルの巨匠」のもとにはリミックスのオファ−が後を絶たない。マニック・ストリ−ト・プリ−チャ−ズ、 ハッピ−・マンデ−ズ、ビョ−ク、ニュ−・オ−ダ−、スウェ−ド、プラシ−ボ …すべてジャスティンにリミックスを依頼したア−ティスト達の名前である。最新のものではケミカル・ブラザ−スの「MUSIC RESPONSE」があり、ミッドテンポの原曲 をダンスフロア用の素晴しいトラックに仕上げた。トム・ロ−ランズとは彼のケミカル・ブラザ−ス以前のバンド、ARIELでリミックスをして以来の付き合いである。
[KT/FAREAST UNDERGROUND]
  JUAN ATKINS
(METROPLEX/DETROIT)
-ホアン・アトキンス-

[1997.01.14(tue) / 2003.09.05(fri) / 04.07.24(sat) / 06.06.16(fri)]
 

Photo: Mark Mcnuffy
クラフトワーク、P-FUNK、YMO、ジョルジオ・モロダー等に影響を受けたJuanはRichard DaviesとエレクトロユニットCybotronを結成する。Cybotronは1981年に自身のレーベル[DEEP SPACE Records]から「Alleys of Your Mind」をリリース。未来を感じるその刺激的なサウンドはElectrifyin' Mojo等の地元DJ達のサポートによって当時デトロイトでローカルヒットする。その後「Cosmic Cars」やMissy Elliottの「Loose Control」の元ネタとなった「Clear」などリリース(これによってJuanは2005年グラミー賞にノミネートされた)。アルバム『Enter』を[Fantasy Records]から発表するが、1985年にはCybotronを解散し、Juanは新たにレーベル[Metroplex]を設立する。[Metroplex]からModel 500名義で「No UFO's」、「The Chase」、「Night Drive」、「Interference」、「Mind Changes」、「Ocean to Ocean」、またThomas FehlmannとMoritz Von OswaldとのM5003MB名義での「Jazz is the Teacher」といったテクノクラッシックといえる数多くの重要作品を発表している。
またInfiniti名義での「Game One」、アルバム『The Infiniti Collection』、『Skynet 』や、1995年には[R&S]からModel 500としての初のアルバム『Deep Space』、1999年にはModel 500の2ndアルバム『Mind and Body』、また2005年には[Tresor]から、Juan Atkins名義でのアルバム『The Berlin Sessions』をリリース。最近の制作活動では、[Subject Detroit]からの12"「Rebound」などまだまだ進化を続けている。[2006.6月現在]
  JUNGAPOP
-ジャンガポッポ-

[2003.09.03(wed)]
 

[L→R]箕輪、是永、尾上、高橋、リョージ
1995年、もと米米クラブのリョージとギタリスト得能律郎、作曲家の尾上一平の3人でJUNGAPOPを結成。2枚のマキシシングルを発表するも、1999年得能の脱退により活動を休止。4年の歳月を経て2002年、スーパーギタリスト是永功一を迎え、また以前はサポートメンバーであった高橋 "Jr." 知治とHOUND DOGの箕輪単志を正式メンバーに加え活動を再開する。2003年、各メンバーが米米クラブ、Rebecca、HOUND DOG、ウルフルズの中で培った経験、体験、現状をすべて注ぎ込んだミニアルバム「Land of the rising sun」[MANO MANA MUSIC / MM-030627A / \1800(tax incl')]を発表。
  JoVonn
-ジョヴォン-

[2003.09.26(FRI)]
 
プロデューサー/リミキサー、DJとして長年ダンスミュージック界に君臨してき たJoVonn。 1989年、 Warner Brothersからリリースした自身名義の"Turn and Runaway"の大 ヒットによりダンスインダストリーにその名を刻んだ後、Ceybil Jeffries "Love So Special"、Valerie Johnson "Step Into My Life"といった大ヒット曲 のプロデュースや、"Flutes"、"Back in the Dark"、"Be Free"、そしてNite Grooves からリリースしたTony HumphriesのZanzibarに捧げたアンセム、"Back to Zanzibar"等のカルトヒットを連発する。 また、リミキサーとしてもSabrynaah Pope "Hold On"、Jill Scott "I Can't Get No Way"、Mateo & Matos "We Are More"といった作品のリミックスを手掛け る。これ迄にニュージャージーのClub America、Uphoriaや、ニューヨークの Sound Factory Bar、Red Zone、Wild Pitch Party、House Nation等のクラブに ゲストで招かれる他、イタリア、フランスを定期的にツアーしている。 90年代初期には自らGoldstone Recordsというレーベルを立ち上げ、数々の試行 錯誤を重ねた後、現在はNext Moov Records、Next Moov Traxxというレーベルを 通じてディープでソウルフルな本当のアンダーグラウンドダンスミュージックを 伝えている。
  Joi
-ジョイ-

[2000.12.12(wed)/2003.12.24(wed)/2004.06.16(WED)/2004.07.01(THU)]
 
日本生まれ。幼少期より音楽への興味に目覚めミュージシャンへの道を志す。15才からの舞台ダンサーとしての経験を経て、ヴォイス・トレーニングを本格的に始め楽器やプログラミングを独学で覚え、やがて音楽制作に専念するようになる。
2000年にファーストアルバム「EL PARAISO」をリリース。その美しく官能的なファルセットと、自身が作詞、作曲、プログラミング、プロデュースする繊細かつ個性的な楽曲は、国内外において多大な評価を受ける。
2001年には12inchシングル「Love Is Spiritual」がBody&Soul NYCでヘビープレイされるなどNYを中心に高い評価を受け、本格的にインターナショナルな活動を展開し始める。
その後も12inchシングルで「Magnolia」、2002年に「Cravin' - Joe Claussell Remix -」、更にセカンドアルバム「Con Carino」をリリース。
またRon TrentのMixCDや、UK、フランス、スペイン、ノルウェー、日本などのコンピレーションCDに楽曲提供。Patric Forge (DA LATA)のKiss-FM(UK)でのラジオプログラムでもエアープレイされる。2003年loud 誌におけるBody&Soul 6Years Best 300 (Danny Krivit選出) に「Love Is Spiritual」、「Cravin' -Joe Claussell Remix-」の2曲がチャートインするなど、世界的な認知度をますます高める。
そしてこの冬、BLAZEのKevin Hedgeがプレジデントを務めるNYのWest End Recordsより待望の新作 「Joi EP」をリリース。タイトル曲の「Rapture (No One Like You)」 がリリース前からJoe ClaussellによりYELLOWでプレイされるなど各方面より話題を集め、ますます注目度を上げている。

Singer, songwriter, multi-talented musician, and producer, Joi was born in Japan.
Joi in his early childhood found himself having interest in music and gradually began aspiring to be a musician. Influenced by his stage dancer experience from the age 15, he started taking voice training seriously. Eagerly learned various musical instruments and programming by himself, and naturally got devoted to producing own music.
In 2000, Joi released the 1st album "EL PARAISO" in 2000. His beautiful and sensual falsetto vocals on the distinctive self-written and produced sophisticated tracks received much praise worldwide.
In 2001, a 12" single "Love Is Spiritual" was gloriously hit the club scene and especially heavily played at Body & Soul NYC, and that pushed himself more toward international venues.
Followed 12" singles "Magnolia" and "Cravin' - Joe Claussell Remix" along with the 2nd album "Con Carino" in 2002.
Joi's works appear on Ron Trent's mixed CD as well as various compilation CD's out from UK, France, Spain, Norway, and of course Japan. Also on air such includes a radio program by Patric Forge (DA LATA) on Kiss-FM (UK). His most recognized "Love Is Spiritual" and "Cravin' - Joe Claussell Remix" are both selected for 'Body & Soul 6 Years Best 300' by Danny Krivit for 'loud' magazine in 2003.
Joi drops "Joi EP - Rapture (No One Like You)" on NY legendary West End Records led by Kevin Hedge (Blaze) and is already gaining remarkable reputation widely for his music.
  DJ Jazzy Jeff
-ジャジー・ジェフ-

(A TOUCH OF JAZZ/ Philadelphia)
[2004.02.07(SAT)]
http://www.djjazzyjeff.com/
 
長いキャリアを誇るフィリー・サウンドの大御所/Hip Hop界の重鎮/DJの草分け的存在/トランスフォーマー・スクラッチのオリジネイター、ヒップホップからハウス・ネオソウル・ジャズまで実に幅広いサウンドを手掛ける彼の才能の奥深さは、とてもひとことでは言い表せない。

Jeffのキャリアはまさに音楽のヒストリー・レッスン。80年代に、アカデミー賞ノミネート俳優であるWill Smithとのデュオ "DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince" の名で地元フィラデル・フィアを中心に活動を始め、 "Girls ain`t nothing but trouble" "Just one of those days" といった一連のヒット曲から1stアルバム "Rock The House" で一躍人気者となる。ユーモアあふれるリリック、クリーンでラジオ向きのサウンド、そしてMTVで放映されたPV等によって、それまでアンダーグラウンドで黒人カルチャー的存在でしかなかったHip Hopをメインストリームまで浸透させたことは歴史的快挙である。2ndアルバム "He's the DJ, I'm the Rapper" (Jive)では、Hip Hopアーティストで初のミリオン・セールを記録すると同時に、グラミー賞を受賞。リアリティをコミカルに描写したラップとスクラッチをミックスさせたこのアルバムは、彼等の地位を絶対的なものにした。(Jiveはこのアルバムを2レコード・セットでリリース。2枚目をJazzy Jeffの超人的スクラッチ・テクニックやBeat Boxingなど、「DJにフォーカスを置いた」業界初のリリースとなる。)彼は、トランスフォーマー・スクラッチをはじめ「スクラッチ」技術をイノベイトすることでDJにアーティスト性を与え、またMCとDJの関係/基盤を築き、Hip Hopを取り巻く環境や認知に最も影響を及ぼした、革新的オリジネイターである。

その後、Will SmithがHollywoodでTV、映画俳優の道に進む一方、Jeffは原点であるフィラデル・フィアで音楽活動を続け、1990年に自身のスタジオ『A Touch Of Jazz』を設立。自らのプロダクションだけではなく、若手アーティスト/プロデューサーを育てることで、70年代に全盛期を迎えたフィリー・サウンドのリバイバルを今もリードし続けている。『A Touch Of Jazz』ではJill Scott, Musiq Soulchild, Bilal, Floetry, J-Liveといった地元出身のアーティストだけでなく、Michael JacksonやThe Isley Brothers等トップ・アーティスト達のプロデュースも担当。ATOJから始まったネオ・フィリー・サウンドのコンセプトは、SoulQuarians (D`Angelo、?estlove、Common)、Axis Music (James Poyser、Vikter Duplaix)、The Studio (Larry Gold、Vincent Montana)、 Black Lilly (JAZZYFATNASTEES、Floetry) Erykah Badu、Ursula Rocker、Rootsといった同じ考えを持つアーティスト/プロデューサー達、そしてかのプロジェクト「The Philadelphia Experiment」へと受け継がれている。

ジャンルを越えて活動を続ける彼は、Masters At Work / Nuyorican Soul、King Britt / Sylk 130, Jazzanova、Slum Village等のアルバムやサウンド・トラックのプロデュースにも参加。2002年にはBBEから待望のオリジナル・アルバム「Magnificent」をリリースしている。ゲストには、Jill Scott、J-Live、The Last Emperor、Freddie Fox、Baby Blakなどを、またプロダクションにはATOJの若手プロデューサー達を起用し、Hip HopファンだけではなくHouse/Jazz/Soulなど様々な方面から絶賛された。

もちろんDJとしても忙しく世界中を飛び回り、昨年はロンドン最大のフェスティバルである "Essential Festival" において、出演者の中で唯一エレクトロニクス/ルーツ・デイの両日に出演。Mobb Deep、BeatnutsといったHip Hopアーティスト以外に、Gilles Peterson、Herbaliser、Cinematic Orchestraなどジャズ/ブレーク・ビーツ系アーティスト達とも共演する。今年のマイアミWMCでは、DJ Spinna、King Britt、Vikter Duplaix、Charlie Dark、IG CultureそしてDJ Muro 等が出演したAxis Music・BBEレコード主催のパーティにてヘッドラインを務め、2003年MWMCにおける最大の注目、観客を集める。
DJ Jazzy Jeffの来日ツアーは実に5年振り。[2004.1月現在]
  DJ JURI
(POWER BASE / 太鼓DUB)
-ジュリ-

[BEAT / 大東京レジデント]
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=POWERBASE
 
オリジナルの選曲スタイル「太鼓DUB」を武器として生音系の太鼓HOUSE、ラテンHOUSE等をPLAY。2001年全国ツアー、2002年タイ、2003年シンガポールで海外ツアーを行う。
又DANCER EVENTの[POWER BASE]、[HOUSE NIGHT]のオーガナイザーでもある。
音楽製作ではSONY RECORDS所属のマリンバ演奏者、SINSKEのアルバムにShingo.s(813)との共作の2曲を提供。この他にも中森明菜、BEENY & PINK BUNNY、VOX-IV(ボックスフォー)、wuz↑b?(ワサビ)、シャイエン等のLive DJの経歴も持ち幅広い活動を見せる今最も注目の女性DJ。[2004.2月現在]
  Junior Sanchez
(X-mix production/N.Y.)
-ジュニア・サンチェス-

[2005.03.19.sat]
http://www.xmix.com
 
―ブラジルの音楽的中心地バイ−ア州出身
―アーマンド・ヴェン・ヘルデンやエリック・モリロとの親交が深い弱冠27歳
―ロジャ−・サンチェス、DJスニ−クと3人でS-MEN として世界中をツア−
―17歳でインディ・レ−ベルのA&Rを務めたという天才プロデュ−サ−

N.Y.ハウスのシーンにおいて、ジュニア・サンチェスは他とは常に一線を画す特別なアーティストとして存在してきた。おびただしい数の珠玉のシングルをリリースし、批判にもあったし、商業的に大成功もしてきた。かつては『フューチャー・オブ・DJ』と呼ばれた彼だが、現在でもダンス・ミュージック・シーンを相当先取りしているのは紛れもない事実だ。世界中のDJの何人がデイヴ・クラークとボン・ジョヴィやレディオ・ヘッドが好きだと公言できるだろう?
イビサのクラブ、エル・ディヴィーニョでのロジャー・サンチェスとのハウス対決だって、友人であるリズム・マスターズやクリスチャン・スミスとのスタジオワークにおいても、ジュニアはその個性的なスタイルを一貫してつらぬく。
しばしば、すっかりベテランの領域にいると考えられがちな彼だが、ジュニア・サンチェスは現在27歳になったばかり。それもそのはず、彼は15歳にして、マンハッタンはタイムズスクウェアにある、Club USAでレジデントの地位を手に入れ、17歳でN.Y.のスタジオに出入りしトラックの制作を始めていた。『一番最初に作った曲がいきなりアーマンド(ヴァン・ヘルデン)にサンプルされた。今では僕の兄貴分みたいな存在だけど、僕らはお互いを知らないうちからお互いの曲を使いあっていたのさ』。そんな、ハイスクール時代のジュニアは毎週水曜日にはサウンドファクトリーでルイ・ヴェガを欠かさずに聴きに行っていた。次の日の木曜日の朝、学校になんて行けるはずもなかったし、最初のドラムマシーンもあっさりその学校から失敬してきて、次第にDJ/プロデューサーとして身をなすようになっていった。機材はその後、アーマンドが使っていたRoland W30を使うようになる。そのアーマンドの機材はちゃんと買ったものなのかって?アーマンドのRolandも最初のはズバり盗品だった。でも、彼はジュニアに盗みの仕方だけじゃなく、シーケンサーの使い方もばっちり叩き込んだのでそれはそれで、よしとしよう!
そんな悪ガキ二人は同じスピリットを持つプロデューサーたちと“Mongoloids”を結成した。今考えれば、ものすごい面子。ダフトパンク、ジャック・ル・コント、ロジャー・サンチェス、スニーク、ベースメント・ジャックス…。全員のギャラを足すといったいいくらに$?その後さらにジュニアはエリック・モリロやハリー・ロメロらとも進行を深め、Aaliyahの「One In A Million」を共にミックスダウンする。現在も彼らとのプロジェクトは進行中だ。19歳で [ストリクトリー・リズム] からソロデビューし、20歳でスニークやロジャー・サンチェスと“S-MEN”を結成、実はX-press2より先に6ターンテーブルのツアーを行った。現在では自身の [Cube Recordings] を運営する傍ら、先述のコラボレーション以外にもフェリックス・ダ・ハウスキャットとのプロジェクトが進行中。'80年代系は、今のようにハヤる前からジュニアの得意技だったし、プリンスがデイヴ・クラークにミックスされたようなトラックはいつだって大好物だ。
『シングル「B With You」のヒットのあと、多くの人が僕はイタリアンスタイルのハウスを中心にかけるようなDJだと思っていることに気がついた。僕はロジャー(サンチェス)のようなプレイをしたいなんて思ったことは一度もない。選り好みせず、いつもいろんなことを試したいと思っているよ』。[2005.3月現在]

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