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GILB'R
-ジルベール- (CHATEAU FLIGHT:シャトー・フライト)
[2001.06.16.sat./2002.03.29.fri./2003.08.01.fri.]
www.versatile.fr/
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ファンク、ソウル、ジャズ、ヒップホップなど幅広い選曲と高水準なテクニックでフランスの絶大なる人気なラジオ局“NOVA
RADIO”を支えるプロデューサーでありDJである。1996年、ジルベールは自らをレーベルプロデューサーとし、Versatile Records(ヴァーサタイル)を設立、アイキューブのデビュー作「ピックニック・アタックE.P.」を手掛け、ダフト・パンクのリミックス参加などの話題を呼びアンダーグランドシーンで大きなセールスを記録する。そして自分の新たな方向性を確立する為、「Future
Talk」という新たなレーベルを設立、BEL AIR PROJECT’S “DARK JAZZOR EP”をリリース。“ONE FORCE”,
“I LIKE / SCHEMA”など、ジャスからブレイクビーツとの融合はシーンに新しい流れを生み「ニュー・ジャズクラシックス」と呼ばれるジャンルをも確立する。そしてDJジルベールとアイキューブは共に“Chateau-Flight”名義でPierre
HenryやAirなどのリミックスワークをこなしつつ、シングルとしてDISCOBOLEをリリースした。 アーティスト、プロデュース、リミックス、DJなどフランスを代表し世界に発信するパイオニア的存在でもある彼の動向は、次なるシーンの行方を意味する。
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Toshiyuki
Goto
-ゴトウ・トシユキ- [1997-SUNDAY AFTERNOON][1999-SUNDAYJUMP!][2002-Progressive
funk][2004.04-VOYAGE]
他、出演回数多数
http://www.toshiyukigoto.com |
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幼い頃からブルースやサイケデリックロック、ルーツレゲエ等の洋楽を好んだ少年は、やがて青年になり、まだ日本に「クラブ」という概念が根付いてなく、その存在自体も非常に少なかった1980年代後期より、今となっては伝説のクラブP-Picaso、Another
WorldなどでDJとしての活動をスタート。その後89年の渡米経験でLarry Levan、Timmy Regisford等のニューヨークのDJ達に強い衝撃を受け91年に突然単身渡米する。ダンスシーンの本場NYにその身を置き、決してラクではない生活とシビアな環境で自身の感性を磨き、NYはもとより世界各地でDJとして活動開始する。92年イタリアツアー、93年The
Shelter Crew Party "Acme Disco"(NY)などを経て94-96年欧米各地でDJとして活躍。同時に楽曲制作も積極的に行い、ジャズキーボーディスト菊池雅章氏とのコラボレーションユニットMATO名義での"Tribe"
" Drifting"(Wave music)('96)の衝撃的なビッグヒットをはじめ彼自身のオリジナリティ溢れるタイムレスな名作を次々と世に送り出している。
97年よりNYと東京を行き来しながら東京では彼の手による日曜午後のパーティ"Sunday afternoon"(@西麻布イエロー、渋谷ハーレム、後にSunday
Jump、Infusionへと名称変更)をスタートさせ、全国及び欧米各地でDJとしてプレイしながら熱狂的なファンを日々増殖させている。制作活動もその手を休めることなく、97年UKのDisorientよりガラージクラシックスの名曲として名高いDisco
Dub Bandの"For the Love of Money"のリミックスを発表、ゲストヴォーカリストとしてMonday満ちるをフィーチャーし話題となる。98年2月、フラワーレコーズより"Influence"名義で"
New Dance "(12" EP)を、同年10月、Toshiyuki Goto名義で"House
of Takoradi" (12" EP)をリリース。この楽曲はNYの重鎮で彼自身交流の深いFrancois K.が共にエディットを行っている。99年Life
LineよりSamble Orchestra名義で"Love Vibes" (12"EP)を、2000年King
StreetよりSamble Orchestra名義で"Inner spirits" (12"EP)を発表。井手麻里子、Idris
Muhammadのリミックス等、他にもリミキサー、プロデューサーとして数々の作品を発表している。Toshiyuki Goto名義として初のフルアルバムをNYにて制作、2002年に「Two-Way
Traffic」をリリースした。
2003年春には活動拠点をNYから東京に移し、DJ、制作活動等で活躍中。2004年11月、初Mix
CD "Travels with Flowers Plus+"(FLOWER RECORDS)をリリース。[2005.7月現在]
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GLENN
UNDERGROUND
(Urban Heirs, Strictly Jaz Unit / from Chicago)
-グレン・アンダーグラウンド-
[2001.04.29(sun) / 03.07.20(sun) / 04.11.06(sat) / 08.03.15(sat)]
http://www.myspace.com/wwwurbanheirscom |
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自らの音楽をベルボトムミュージックとよぶほどに70'sディスコやジャズを愛するG.Uことグレン・アンダーグランドは、シカゴのサウスサイドで生まれる。家族にもミュージシャンが多く、自然に音楽制作を開始。1980年代、当時彼のローカルで絶好調に盛り上がっていたハウスミュージックに入門。グレンの音楽はアンダーグランドなネットワークで広がり、これまでに数多くの傑作を発表している。ディスコレジェンド、Leroy
Burgessをフィーチャーした「Feelin' Me」や、「I Feel Love」をリメイクした「I Feel Dub」、彼のハウスミュージックに対するMいメッセージがこめられた「House
Music Will Never Die」、そして名作「BLUE」や「GU Essentials」といった重要作品も忘れられない。2000年には[Guidance]からアルバム『Lounge
Excursions』をリリース。シカゴのブルース、ディスコ、ソウル、ジャズやファンクなどのルーツがG.U流にクロスオーバーされ、ハウスファン以外のリスナーにも大絶賛された。また[Shelter]からリリースされた「Black
Action EP」、「Look Inside」は多くのDJによってプレイされ、2004年にはソウルフルなアルバム『Black
Resurrection』をリリース。現在、G.U、Boo Williams、Matt Hughesらを中心としたユニット、Strictly
Jaz Unitのニューアルバムのリリースを控えているという。またG.Uの音楽で特に耳をもっていかれるのは彼のピアノ/キーボードである。独学でピアノを学び、その鍵盤からの音色はグルーヴィに移り変わり、自身のトラックに乗る。G.Uは、本人の敬愛するLarry
Heard、Joe Sample、George Dukeといったアーティストの流れを今のハウスミュージックのなかで体現する数少ないアーティストの一人なのである。ここ最近では、UKのSouthport
Weekenderに出演したり、ヨーロッパ、カナダでも精力的にツアーを行っている。[2008.3月現在]
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gym
-ジム- [2003.08.06.(wed)] |
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後藤次利&山木秀夫 with 今剛、今掘恒雄
昨年末リリースされ大きな話題を呼んだ日本最高のドラマー山木秀夫のアルバム「Q」。そのプロデューサーでもあった後藤次利と山木秀夫のユニット「gym」。
強烈なテクノビートにブレイクビーツ!!グルーヴを自在に操るドラムにうねるベース。最強のミュージシャン2人にしか創り得ないワン・アンド・オンリーなビート。 YELLOWでの公演では更に今剛、今掘恒雄という2人の名ギタリストがスペシャルゲストで参加。

後藤次利 |

山木秀夫 |
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DJ
GARTH
-ガース- [2003.09.14(sun)/2004.11.05(fri)] |
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今や伝説となったフルムーン・パーティをしかけ、1991年に
"Wicked" を立ち上げる。大物・巨匠並みいるゲスト陣とのセッションを通じ、その名を "Night
of dance" として不動のものとし、"Wicked" サウンド・システムを搭載した1947年製カスタム・メイドの
"Grayhound バス"でのツアーも敢行。
DJ Garthソロとしての活動も素晴らしい。サンフランシスコで最も名高いパーティ "Come Unity" で10年間レジデントを務め、
"Reggae on the River"、"Burning Man"、"Earthdance"
などのフェスティバルにはレギュラーで参加。プロデューサーとしては、DJ Garth & ETI - 20 Minutes of
Disco Glory "Wicked 1996"が世界のダンスミュージック・シーンに衝撃をもたらし、1997年夏には「最も注目すべきプロデュサー・トップ10」(Muzik
Magazine)に選ばれる。翌1998年、オリジナル・レーベル「Grayhound Recordings」を設立。斬新なプロダクションは、世界的評価を受け、現在は「西海岸で最も確かなレーベル」と位置付けされている。自身もEric
Jamesとのコラボレーション "Rocket" などで傑作を次々と発表する他、A Tribe Called Questをはじめ多数のリミックスも手掛ける。また、「om
RECORDS」 「NRK」 「Grayhound」等からリリースされている彼のミックスCDは絶品!
様々なエレメントが自然にミックスされているサウンドは、特に西海岸のオープンマインドな文化の象徴ともいえる。DJ Garth=アメリカ西海岸サウンドといっても過言ではない。 |
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GOLDIE
-ゴールディ- (Metalheadz/U.K.)
[2004.04.16(FRI)]
http://www.metalheadz.co.uk |
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"KING
OF DRUM & BASS" 、真のカリスマ・アーティスト、ゴールディ
'80年代にUK屈指のグラフィティ・アーティストとして名を馳せ、'90年、伝説のパーティ "RAGE" におけるファビオ&グルーヴライダーのプレイに触発され、ハードコア・アンダーグラウンド・シーンに乱入。'91年に4ヒーローのレーベル[Reinforced]からリリースを開始し、ダークコアと呼ばれたハードコア・ブレイクビーツの新潮流を築く。'94年には自己のレーベル[Metalheadz]を旗揚げし、ドック・スコット/ペシェイ/フォーテックらの作品を送り出し、ドラムンベース革命を遂行。自身ではメジャーのFFRRと契約を交わし、'95年に衝撃の1st.アルバム『TIMELESS』を発表、ドラムンベースの金字塔となる。'98年の2nd.アルバム『SATURNZ
RETURN』ではKRSワン、ノエル・ギャラガーらがゲスト参加し、大反響を呼ぶ。更に'98年には映画『EVERYBODY LOVES
SUNSHINE』で主役として銀幕にデビュ−(共演はデヴィッド・ボウイ)、その後も『SNATCH』/『007』等で特異なキャラクターを演じ、引く手あまたの人気ぶりを見せている。ドラムンベース・シーンにおいては[Metalheadz]のリリースやパーティで不動の人気を誇り、自らDJとしても世界中を飛び回る。その実力は[Metalheadz]の最新コンピレーション『NO
SMOKE WITHOUT FIRE』でも十二分に発揮されている。[2004.4.現在] |
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GOMA
da DIDGERIDOO
-ゴマ- |
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オーストラリアの原住民アボリジニ−によって見い出された世界最古の木管楽器ディジュリドゥーの日本におけるオリジネータ−的プレーヤー。複数もの倍音を同時に操るオリジナルな演奏スタイルによりオーストラリアで数々のコンペティション受賞に結びついている。旅音記のアルバムリリース、NIGHT
JUNGLE、更に新しいプロジェクトとして、インドネシア、バリ島の伝統楽器ガムランとディジュリドゥを軸に民族楽器のみで奏でられるバンド、JUNGLE
ORCHESTRAを結成し、新たな話題を呼んでいる。[2004.4.現在] |
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GAGLE
-ガグル-
[2004.11.12(fri)] |
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1996年に結成。一度聴いたら忘れられない類をみないオリジナリティー溢れるラップスタイルを持つMCのHUNGER、世界のクラブシーンで今もっとも評価が高く、注目されているトラックメーカー兼SIDE
MCのDJ Mitsu the Beatsと、シュアーなターンテーブル捌きでライブをコントロールするDJ Mu-Rの3人組HIP HOP
グループ。[2004.11.現在] |
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GEOFF
WHITE
-ゲオフ・ホワイト- [2004.12.25(sat)] |
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今回の来日が初となるアメリカ・オハイオ州コロンバス出身、現在はスペイン・バルセロナに住む気鋭のトラックメイカー。
2000年のデビュー以降現在までForce Inc.、Morris/Audio、Cytrax、Traumそして自身が運営するEdit-Audioといった数々のレーベルから非常に質の高い秀逸なミニマル/クリック・テクノ作品を矢継ぎ早にリリースし、耳の鋭いDJやリスナー達の話題を
集めている。適度に抑制されたダビーな質感、クリーンかつタイトに磨き上げられたリズムが紡ぎだすグルーヴの厚みは絶品。かねてから彼の才能を高く評価してきたStewart
Walkerとのコラボレートは'03にForce Inc.からリリースされたアルバム[Discord]にて実現、際立った才能を持つ2人のトラックメイカーの持ち味が不可分なバランスで溶け合った傑作となった。この他にもMorris/Audio
Citysport Ed.ではスイスの俊英トラックメイカーDialogueとも共作を手掛けるなど、他アーティストとのコラボレーションも積極的に行なう。また2004年はGhostly
InternationalにおいてAeroc名義でのリリースもスタート、この名義ではアコースティック・ギターやロウビートなどを軸に据えたアブストラクトなスタイルの作品を披露し、自身の音楽表現の領域を意欲的に押し広げている。[2004.12月現在] |
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DJ
GREGORY
(FAYA COMBO PRODUCTION/PARIS)
-グレゴリ-
[2005.02.10(thu) / 07.03.03(sat)] |
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フランスのパリを拠点に大活躍を続けているDJ、プロデューサー。
2000年にイエロー・プロダクションズからAfricanism名義で「Block Party」、「Les Enfants Du Bled」等のトラックをリリースし世界的ヒットを記録。その後も、DJ
Gregory名義で[Faya Combo]から「Tropical Soundclash / Damelo」、[Kitsune]から「Attend1
/ 2」、[Defected]から「Elle」と立続けに大ヒット作を連発し、今やフランスではボブ・サンクラ−やディミトリ・フロム・パリス等と肩を並べる程の人気DJとなっている。彼のプロデュースするトラックは、ハウス・ミュージックのDJのみならず、ジャズやテクノDJからもヘヴィ−・プレイされ、よりクロスオーバーな高い評価を得ている。フランソワ・K、ダニ−・クリヴィット、ジョ−・クラウセル、ティミー・レジスフォード、ルイ・ヴェガ、そしてデリック・メイやジャイルス・ピーターソン等の一流のDJが一晩のうちに必ずプレイしている程である。DJグレゴリーは、1990年頃からDJとしての活動を始めたが、90年代前半のフランスでは、まだまだハウス・ミュージックはアンダーグラウンドで、情報も少なく、彼はハウス・ミュージックの聖地であるNYへ赴く。そしてその年以降毎年NYを訪れては、ハウス・ミュージックのルーツや成り立ちを理解しトいったのである。90年代初頭には、パリで最高のハウス・ミュージックDJの一人であるDJ
DEEP、後にALEX FROM TOKYOとして日本と世界を股にかけて活躍するDJ ALEXと出会い、この3人は定期的にFGというラジオ局に招待され、1994年から1995年まで、毎日昼12時から午後2時までの番組でプレイし始める。このラジオ・ショーがグレゴリーを一躍人気者にし、クラブでのオファーも次第に増えていったのである。1996年にはFouquets
ClubのTGV NightsでレジデントDJとなり、初トラックもリリース。グレゴリーはソウルフルなハウス・ミュージックをプレイし、pリのクラブにはなくてはならない人気DJとなったのである。TGV
Nightsにも、The Queenでの"Respect"やThe RexでのDJ DEEPによるパーティ"Legends"、The
Palaceでの"Warehouse"等の人気パーティでもプレイし、高い評価を得ている。Africanismでの成功で、自らのレーベル[Faya
Combo]を設立。ここ数年も「Joburg Theme」、「Solaris」、「S2」と大ヒット曲をリリースし、今や世界的人気DJとなっている。[2007.2月現在] |
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GILLES
PETERSON
-ジャイルス・ピーターソン- [1993.03.12(fri) / 94.02.11(fri) / 2004.09.25(sat) / 05.09.24(sat) / 06.09.16(sat) / 07.04.04(wed) / 07.09.16(sun)]
www.gillespetersonworldwide.com
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ジャイルス・ピーターソンの音楽への知識とDJとしての才能は往々にして期待以上の結果を出してきた。レフトフィールドと呼ばれるシーンに入り20年以上、彼は常にオリジネーターであり、そのDJセットは音楽へ対する限りない熱意に溢れている。長年のキャリアを通して、ジャイルスが成し遂げた事を一覧にすると本を書くほどになるが、簡略すれば彼はこれまでに自ら発掘した多くのアーティスト達をメインストリームに乗せ、20世紀後半のクラブ・シーンにおいて最も影響力を持ったレーベルであった[TALKIN
LOUD]を運営し、また世界中のあらゆる街でDJオて来た男である。ジャズを中心にしながらも、音楽の境界線を砕き、多くのアーティストと点で結ばれる事は勿論のこと、その合間の空間をぬって来た人物である。
彼のBBC RADIO 1でのラジオ番組「WORLDWIDE」は現在、日本を含め全世界14ケ国でオンエアされており、好評を得ている。彼が選んでプレイする1枚1枚のレコードがファンを魅了し、また世界中のDJやアーティスト達に常に大きな影響を及ぼし続けている。
昨年、新世代のアーティスト達を紹介する為にレーベル[BROWNSWOOD RECORDINGS]を立ち上げBen WestbeechやThe
Heritage Orchestra、Jose James等精力的にリリースを続けている。[2007.9月現在] |
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GOTH
TRAD
-ゴス・トラッド-
www.gothtrad.com |
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ミキシングを自在に操り、アブストラクトなアプローチでダンス・ミュージックを生み出すサウンド・オリジネイター。2001年12月にフランスの船上パーティ"Batofar(バトファー)"で海外イベントに初登場。2001年、秋本"Heavy"武士とともにREBEL
FAMILIAを結成。ソロ、GOTH-TRAD(ゴス・トラッド)として、2003年4月に1stソロ・アルバム『GOTH-TRAD I』を発表。同年秋にフランス・ツアーを敢行。2005年1月、2枚目のソロ・アルバム『The
Inverted Perspective』をリリース。マッド・レイヴと称した新たな音楽性を打ち出し、3枚目のソロ・アルバム『Mad
Raver's Dance Floor』を発表。2006年1月28日限定アナログ盤12"シングル「Paranoia/Acid
Steps」をリリース。[2006年4月現在] |
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GUY
GERBER
-ガイ・ガーバー- [2006.09.29(fri)]
http://www.guygerber.com/
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イスラエル出身のガイ・ガーバーは少年時代をサッカーに明け暮れて過ごし、ユースナショナルチームでプレイするほどの腕前だったが、16歳で初めてギターを手にしてからスポーツへの情熱が音楽へと向けられるようになった。Joy
Division、Sonic Youth、My Bloody Valentine、The Beatlesなど様々な音楽を聞いて育ったことから独自の音楽感性を磨き、強くディープなグルーヴにフューチャリスティックなベースラインとメランコリックなハーモニーが加わるというガイ・ガーバーならではのスタイルを完成させた。ガイの初のクラブヒット「Kenny's
BackvがDave Seamanの『Global Underground 22 Melbourn』にフィーチャーされて以来、そのリリース曲ほとんどがDanny
Tenaglia、John Digweed、Josh Wink、Carl Cox、Satoshi Tomiie、Sven Vath、Sashaなど名だたるDJたちにプレイされるようになった人気プロデューサーだが、なんと言っても”Stoppage
Time” (Berock)の大ヒットがガイの名前を一気に広めたと言ってもよいだろう。約2年前にリリースされたこの名曲はおびただしい数のコンピレーションやMIX
CDにフィーチャーされ、リミックスも何バージョンも出たほか、まだオリジナルの再プレスがBedrockから予定されているほどだ。
2003年、ガイはイスラエル音楽協会からベスト・エレクトロニック・アーティスト賞を受賞したほか、イスラエルを代表するダンスミュージック雑誌からベストアーティスト賞、MTVからもアワードを授与されている。また彼の音楽活動はダンスミュージックのみにとどまらず、モダンダンスシアターの音楽製作にも携わっている。最近のギグではDJだけでなくAbelton
Liveを使ったよりライブに近いパフォーマンスをしており、Bedrockのアニバーサリーパーティやフィンランド、ロシア、スウェーデン、エストニア、クロアチア、トルコ、南米各国でプレイ。ディープなところから抜けきるようなハイへとクラウドを導くライブパフォーマンスでクラウドを熱狂させているらしい。[2006.9月現在] |
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THE
GLIMMERS
-グリマーズ-
[2007.05.18(fri)]
http://www.glimmertwins.com |
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クリスチャンにはバイブルが、イスラム教徒にコーランが、そしてSEX狂にカーマスートラがあるように、すべてのDJ達はグランド・マスター・フラッシュの『Adventures
on the Wheels of Steel』を崇拝しているはずだ。限りなく崇高でありながら、どこまでも扇情的なフラッシュのQueen、Chic、BlondieのMIXとFUNKというスパイスが加えられた目が眩むようなカットバックの数々…現在でも響き渡る、パーティをどのように盛り上げるか、という秘密が明かされた瞬間だった。誰もが不可能と思わざるをえない環境でいかにパーティを開催するか、というとっトおきの極意がそこにはあった。その説得力は現在でも色褪せることはない。
モー・ヴェカとダヴィット・フッケールの二人の耳に当時どう聞こえたか想像できるだろう。当時やっとティーンネイジャーになったばかりの二人の最初の一歩は始まったのだった。The
Glimmersとして知られるモーとダヴィットの二人は世界中でもっとも冒険の好きなDJとしてメディアに紹介されてきた。
現在を捉えるためには、過去を理解することが不可欠。グランド・マスター・フラッシュ然り。
時は'80年代初頭にさかのぼる。モーとベノエリー(ダヴィットのニックネーム)は'80年代のNYCのヒップホップのルーツを描いた『Beat
Steet』にハマる。ヒップホップ、ブレイクダンスそして、グラフィティの3種の神器。地元ベルギーのゲント(ブルュッセルの西50kmに位置する都市)にいた彼等にとって、これからまさに起ころうとする新しいムーヴメントはとてつもなくエキサイティングだった。ブロックパーティにスクラッチにエレクトロサウンド…クオリティの向上なしにはここまで大きな飛躍はありえなかっただろう。キャプテン・ロック、アフリカEバンバータ、クラフトワーク、ハービー・ハンコック、そしてもちろんグランド・マスター・フラッシュらのサウンドに強く影響され、モーの家の屋根裏部屋でテクニックとスクラッチとビートのミックスをひたすら練習した。彼等は機材をべノエリーのたった4平方メートルの地下室に移し、腕を磨き、ついにお客さんの前でプレイするための準備を積み重ねた。そして、そのチャンスはゲントにあるミストラルというクラブで訪れた。学校の前と昼休み、そして放課後にプレイした。ありとあらゆる、音楽的にクレイジーだと思われることを実践した。お約束ごとを守るには若すぎたので、ポップだってなんだってプレイした。U2、マドンナ、プリンス、ティアーズ・フォー・フィアーズ。それらのトラックをバリー・ホワイトやボハノンのオールドディスコにそして大好きだった、ヒップホップやエレクトロのトラックに溶け込ませていった。その時から、彼等には音楽的なファシズムつまり偏見は一切なかった。もっとも大切としたことはダンスフロアとその永続的なヴァイブしかありえなかった。やっと(!)16歳になった彼等はゲントのバーVliegend
Peerdで毎週金曜日レジデンシーももち、初期のエレクトロニック・ボディ・ミュージックの要素をその魅惑的なミックスに落とし込むようになる。当時ベルジアン・ニュービートとして名をはせた、DJ Olivier
Pietersの12インチをわざとピッチを遅くかけ、ディープでグルーヴィなサウンドに強く影響を受けたのだった。常に新しい音楽に敏感で寛容だった彼等はこれらのサウンドを新たなレジデンシー、Fifty
Fiveで昇華させ10時から朝の7時までプレイし続けた。ニュービート、初期のアシッドハウス、ディスコ、ニューウェーヴ、クラシックなロック…
'90年代に入ると、モーとベノエリーはベルギー国内中から殺到するオファーに追われるようになった。彼等のセットはシカゴやデトロイトからって来た未来的なサウンドや808
Statesのような実験的なエレクトロニカやファンクの効いたカットの数々で構成されるようになる。しばらくすると多くのDJ達は同じ方向に進み始めた、そこでもまた彼等は誰しもが進まない方向へと歩み始めたのだった。何よりも音楽が好きで、どんなスタイル、ジャンル、ムーヴメントの音楽だって決して拒むことはしない…。その後R&Sからもコンピレーションがリリースされた「Free
the Funk」や「Kozzmozz」といったパーティへ定期的に参加し、'97年より自ら始めたパーティ「Eskimo」によって、彼等の存在はヨーロッパ全土に知られていくようになったのである。
2000年に彼等は最初のEskimoのコンピレーションを制作し、彼等のニュービート、ファンク、ダブ、ハウス、テクノ、ヒップホップ、ニューウェーヴ、そして、エッジの効いたポストパンクディスコの融合は世の中にあふれた平坦でつまらない直線的なMixものとは一線を画した。彼等の音楽的な理念は以下の言葉に集約されている。
「ミックスして融合。音楽的な視野を広げよう。未来は過去の中にある現在。過去は未来を投影する…」。
現在では彼等はミラノのファッションショー、パリの雑誌のパーティ、そしてロンドンのクラブパーティ『Bugged out!』などで頻繁にプレイする。そして、ニュービートのコンピレーション『Serie
Noire 1』と 『Serie Noire 2』をリリースし、さらには『Culture Club Volume I』、『Culture
Club Volume II』をリリース。さらにはプロダクション名義であるDirty Mindsで[Crosstown Rebels]、[Eskimo]、[Wally's Groove
World]、[Blue Note]、[Relish]といったレーベルからリエディットやリミックスをドロップしていく。彼等のDJとしてのスキルを存分にトラックに落とし込んでいるのだ。2004年にはこれまでの作品を集めた『The
Glimmers Remixed, Re-edited And Phucked Up1』をリリース、2005年に入ってレーベル[K7!]より全世界に向けて、『The
Glimmers DJ Kicks mix』を、昨年は『FABLICLIVE 31』をドロップした。最高のパーティのサウンドトラックとでも形容しようか。20年以上も前にグランド・マスター・フラッシュによって受けたレッスンを見事に開花させたのだ。彼らの冒険はまだまだ始まったばかりだ。[2007.5月現在] |
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